「さて、どんなレッスンをするんでしょう」

レッスン室に、尚の声が響く。

桜の朝の準備が終えて、2人はレッスン室に来た。

まだ、生徒は来ていない。

尚は、部屋の中にあるソファに座る。

目に入ってきたテーブルの上に並べられてある雑誌をペラペラと捲っていた。

特に話すこともなく、桜がいつものようにレッスンの準備をし終えたころ、カランと扉の開く音が聞こえて来た。

それと同時に、朗らかな声が聞こえてくる。

「おはよう桜ちゃん」

「おはようございます敬子さん」

桜は、生徒たちと親近感を持つために、必ず挨拶の後に名前を言うようにしていた。

なんとなく、名前を呼んだ方がその後のレッスンもし易い気がしていた。

「あら、こちらは?」

敬子は、尚の姿を確認すると、桜にそう聞いて来た。

「いきなりすみません、高倉尚です」

尚は、桜が紹介するよりも前に立ち上がり、自分から挨拶をする。

すると、敬子に手を伸ばして握手を求めた。

「あら、もしかして、あの高倉尚かしら?」

敬子はその手を握りながら、目を丸くさせてそう尋ねる。

「そうなんです。あのピアニストの高倉尚で、実は私の幼馴染で今日はレッスン風景を見たいということでここにいるんです」

「まあ。そうだったのね」

「私のことは気になさらず、どうぞ続けてください」

そう笑顔で言うと、尚は再びソファに座る。

桜は、なんだか気まずいと思いながらも、いつもの通りにレッスンを進めた。

「じゃあ敬子さん。まずはいつもの通りに聴かせてもらっても良いですか?」