音楽のほとりで


「着いたね」

電車を乗り継ぐこと数十分、目的の楽器店に着いた。

ビルが立ち並ぶ都会の中に、その楽器店はあった。

ショーウィンドウには、輝いている楽器たちが並べられている。

尚は桜の手を離すことなく、そのまま店内に入る。

尚に気づいたのであろうか、店員はっとした表情をしていた。

1階にあるのは、グランドピアノやヴァイオリン、フルートなど様々な種類の楽器たち。

2人はその楽器たちには目もくれず、階段を上る。

2階に行くと、棚にびっしりと楽譜が並べてあった。

2人のほかにもう1人男の人が楽譜を見ている姿がいるのが分かる。

尚は桜の手を離すと、楽譜を探し始めてゆっくりと棚の前を移動する。

桜は、そんな尚の後ろを歩く。

「ごめんなさい、ちょっといいですか」

尚が見たい楽譜はその人の目の前にあったようで、その人に声を掛けた。

その人は「すみません」と言いながら尚の顔を見た。

「あれ、もしかして高倉尚ですか?」

「僕のこと知ってるんですか? 嬉しいです」

「もちろん、この前パリに聴きに行ったばっかりで」

そこまで話した時、尚の後ろにいる桜にその人の視線が移った。

すると、その人は目を丸くする。

「あれ、もしかしてこの前の」

「わあ、偶然ですね。その節はどうも」

「知り合い?」

間にいる尚は、2人の顔を交互に見ながら質問をした。

「コンサートが終わった後に一緒にご飯食べに行ったの」

「あの時の。……そうなんだ」

尚は、分かりやすく表情を曇らせた。

「でも、本当偶然ですね。また会えたらいいなあと思っていたんですが、まさか本当に会えるとは」

「私も驚きました」

「そうだ、せっかくだし連絡先教えてもらってもいいですか?」

「ちょっと待ってください。桜の連絡先が聞きたいならまずは僕に許可を得ないと」

威嚇するように言い、桜を自分の後ろに隠す。

いつもの穏やかな顔の尚からは想像できないほど、鋭い目をしていた。

「もう、尚。尚が心配するようなことはないから大丈夫よ。それに、彼、音楽学を教えているんだって。同じ音楽仲間よ」

「心配することはない、ですか。ははっ。2人は恋人同士なんですか?」

「正式な、ではないんですけど一応」

「そうですか。でも彼は海外を巡ってるので大変でしょう。もし結婚とかを考えているのなら」