「あの頃の僕は、挫折というものを知らなくて、初めて尚さんに負けて挫折を知った。でも、それは尚さんのせいとかじゃなくて、僕自身が僕自身に負けたんだ。それに、勝ち負けというのもどこか違うって今は思うよ。なぜあそこまでそれにこだわっていたのか」
「それでもきっかけを作ったのは高倉尚じゃない」
「違うよ。ねえ南。誰かのせいにするのは簡単だ。でも、それは間違ってる。だけどね、前も言ったけど、そこまで僕のことを思ってくれているのはすごく嬉しいんだ。こんな僕のことをそんなに好きになってくれて。だからこそ、こんなことはもう今日で終わりにしよう」
桜は、同じ女性だからだろうか、南の気持ちが痛いほど分かる。
好きな人が、誰かのせいでぺしゃんこに潰されていくらそれが完全にその人のせいじゃないとしても、その人のせいにしたくなる。
「尚さん、僕はあなたのピアノが好きです。あんな風に弾かれているピアノはきっと幸せだと思います」
「いえ、僕だってルイさんのピアノは素晴らしいと思います。もう一度、あなたのピアノを聴きたいです」
「ルイ、僕もルイのピアノが好きだよ。だから、もう一度這い上がって来てほしい」
「奏音さん」
久しぶりに会った2人は、その懐かしさを心で十分に感じ取っていて、握手をして互いに強く手をを握りしめる。
「ねえ、南。もう、いいだろう?」
じっと3人の様子を見ていた南は、静かに椅子に座る。
「結局、私じゃあルイを立ち上がらせられなかった。なんの役にも立たなかった……」
3人には聞こえないほどの声の大きさでそう呟いたが、近くにいた桜の耳にははっきりとその言葉が聞こえていた。
「そんなことないです。南さんがいたから、今までそれ以上落ち込むことなくここまでこれたんじゃないでしょうか」
「私、桜さんにあんな酷い事言ったのにどうして励ましてくれるんですか?」



