音楽のほとりで


「いえ、私は採らなかったんですけど、尚がよくカブトムシを採りに行くぞって。私は虫ってあまり得意じゃなかったので、嫌でした」

その言葉とは裏腹に、桜の顔には笑顔が宿っていて、遠い昔を見ているであろうその目は、冬のクリスマスのイルミネーションのようにきらきらと輝いているようだ。

「結局、カブトムシ、いなかったんですけどね」

奏音は桜の横顔を見た。

「ははっ、カブトムシはそう簡単にはいませんよね」 

そんな話をしながら歩いていると、甘い匂いがどこからともなく漂ってきて、この近くにケーキ屋があることを知らせる。

そのケーキ屋まで着くと、桜は躊躇なくその店に入った。

「ここ、よく来るんです」

「そうなんですね」

「奏音さんは、何にしますか?」

「そうですね……」

奏音は、ショーケースに飾られてあるケーキを見ると、目だけを動かして身体は固まってしまう。

「悩みますね」

数分の間、その目を右に左に動かすことを繰り返して、ようやく欲しいものをひとつに絞り切れたようだった。

「僕は、フルーツタルトにします」

「いいですね、じゃあ、私も同じのにします」

モンブランにフルーツタルト2つを購入すると、すぐに店を出た。

このケーキ屋が桜の家の近所ということもあり、すぐに到着する。