「桜さん」
「はい」
フランスへと旅行する一週間前、2人は旅行のためのグッズを買いに来ていた。
「桜さんにぜひ、ピアノを教えてほしいです」
パスポート入れを見ている奏音は、唐突に桜に言う。
「ええ、いいですよ」
「今日で良いですか?」
「今日……?」
いきなりの提案に桜は一瞬迷うも、これから特に用事という用事もなく、ピアノの部屋も普段通りに使えるために、その奏音の提案に首を縦に振った。
2人は、早めに買い物を済ませると、桜の家に向かう。
「あ、もしかしたら今日は母がいるかもしれません」
桜は、母が今日は一日家にいると言っていたことを思い出した。
「それは、……何か買っていきましょう」
奏音は、急に緊張した面持ちになる。
「多分、モンブランでいいと思います」
「じゃあ、ケーキ屋に寄って行きましょうか」
公園の近くを通ると、一生懸命に鳴くセミの声が聞こえて、夏をより感じさせる。
虫網を持った子供たちは、そのセミを捕まえようと公園に生えている木を目を凝らして見ている。
1人が「あ」と言うと、他の1人が「しーっ」と言い、そっと網をセミに近づけて採ろうとするが、セミも自由を失いたくないのであろう、その隙間から簡単に逃げて、次はより高い、子どもたちの持つ網の届かない木へと止まる。
「桜さんは、小さい頃は虫取りとかしましたか?」
そんな様子を見ていた奏音は、懐かしそうにそう桜に聞いた。



