音楽のほとりで


「あら、モンブランじゃない」

「お母さん、昔からモンブランばかり食べてるでしょう」

「そうね」

ケーキを買って家に帰ると、桜の母は用意周到にコーヒーを用意して待っていた。

コーヒーのいい香りが、部屋を満たしている。

「さあ、食べましょう」

いつもの食事の用意より2倍以上の速さで準備をする母に、桜は笑ってしまった。

「もう、子供みたいなんだから」

「若々しくていいですよ」

「尚くん分かってる。桜は頭が固いんだから。そんなんじゃあ生徒に嫌われるわよ」

「はいはい」

いつものことなのであろう、桜は母の言葉に特に反論することなく、聞き流している。

そんな姿を微笑ましそうに見ている尚だったが、どこか表情が曇っているように見えた。

尚は、ふと部屋の中に飾られてある桜の家族写真を見た。

桜と母と父の3人に、猫が1匹。

その猫は、桜にぴったりとくっついている。

その表情からは、桜に懐いていることがすぐに分かる。

目を細めて、なんとも幸せそうな表情をしていた。

恐らく、最近撮った写真であろう、今の桜とあまり変わらない姿が写っている。

尚はその写真から目を離すと、何かを話すことなく椅子に座る。

「尚くんは、恋人はいるのかしら?」

「いえ、いないですよ」

「なに突然」

「これから付き合うなら結婚前提がいいですけど、この通り僕は世界各地を巡っているので……。なかなかそれについて来てくれる人となると」

と、尚は桜の顔をちらっと見た。