水を一口飲むと、コップを置いて南は尚の顔を見た。
「尚さんは、桜さんのどういうところが好きなんですか?」
「い、いきなり?」
急な質問に、尚は咳ばらいをしてしまう。
「参考にしようと思って。好きな人の好きな人ってどんな人なんだろうって。そうしたら、私も近づけるかもしれないじゃないですか。というか、今でもやっぱり好きなんですか?」
「まあ、そう簡単には好きじゃなくなることはないよ。桜の好きなところ……なんだろうね、これって言えるものが意外とないかもしれない。気付いたら好きで、それからずっと好きだから」
「……いいですね。もしですよ? 桜さんを傷付ける人がいたらどうしますか?」
「それは、もちろんすぐに桜を助けに行くよ」
「自分のことよりも?」
「そう、桜が望まなくても」
「望まなくても…………」
南は一瞬視線を落とし、すぐにまた前を見る。
「南さんは?」
「私だってそうしますよっ。好きな人を傷付ける人は敵以外の何者でもないですから。……それに例外はありません」
南は、尚の目を真っ直ぐ見ている。
「そうだね。音楽家にとって愛って原動力だと僕は思うんだ。過去の偉大な音楽家を見ても分かるけど」
「確かにそうですね」
「誰かを愛せないような人が、人の心を動かせる音楽を奏でられると僕は思わないんだよ。もちろん、楽譜通りに弾く技術が前提だけどね」
「それはそうですよ」
「だから、桜に出会えて、桜を好きになれて、僕は幸運だよ。それのおかげできっとこうやって今ピアノを弾くことが出来るんだから」
「…………尚さん」
南が名前を呼んだ時、ちょうど出来上がったばかりのガレットが、美味しい香りと共に運ばれてきた。



