音楽のほとりで


「ちょっと待って」

家から出て数歩歩いた時、尚の声が桜の耳に入ってきて、桜の歩みを止めた。

「レディに重いものは持たせられないよ」

流石外国で生活しているのか、尚はそんなことをさらっと口にする。

「なによレディって。だいたい、ケーキなんてそんなに重くない」

「いいから。ほら、行くよ」

腕を掴まれた桜は、そのまま尚とともに行くことになった。

その不意打ちな少し強引な行動に、桜は顔を赤くさせている。

桜は心の中であることを願うのだった。







ケーキ屋に近づくと、甘い香りが漂ってくる。

店内に入るとその香りは強さを増す。

「桜、なにケーキがいい?」

ショーケースに飾られた宝石のようなケーキを眺めながら2人は会話をしている。

「チーズかな。半熟のやつ」

「昔から変わらないねやっぱり」

昔を懐かしむように笑う尚の顔は、穏やかそのものだった。

「そういう尚は相変わらずショートケーキ?」

「いや、ザッハトルテかな」

「そう…………」

桜の知らない尚がいることは当たり前のことなのに、それでも桜はそのことに動揺を隠せない。

いつまでも、幼馴染の彼じゃないことには、昔から気付いている。

でも、どこかで気付きたくない自分がいて、見て見ぬ振りを続けていた。

「桜?」

ザッハトルテを見つめる桜は微動だにせず、それに気づいた尚は名前を呼ぶ。

「あ、ごめん。ぼーっとしてた」

「なんかあった?」

「ううん、なんでも。お母さんは多分モンブランだと思うから、それ買ってこう」

「うん、そうだね」