その…なんて言えばいいんだろう。
殺意の裏に隠された、悲しい感情が伝わってきたような気がしたんだ。


少しだけ無言が続いて強い風が吹くと、紅苺さんは『 湯冷めしちゃうね。 』と言いながら、下へと戻ろうとする。




『 …烏禅くん? 』




気がつくと、俺は彼女の手首を掴んでいた。
行かないでくれ。その言葉の代わりに。

こんなに苦しくなるのは、初めてだったから。




「 …紅苺さん。 」

『 ……ん? 』




風に吹かれて、前髪の隙間から彼女の黒く濁った瞳が俺を映し出す。

寒いな、やっぱり戻った方が良かったかもな。
そんなことを頭の片隅で考えながら、再び口を開いた。




「 俺…紅苺さんのことが、好きなんだと思います。 」




そう言うと、紅苺さんは一瞬だけ目を見開いた。と思うと、どこか切なそうな、悲しそうな表情を浮かべる。


初めて会った日に目を奪われたのも、こんなに苦しくなるのも。
きっと、紅苺さんに対する " 愛 " のせいだったんだ。

初めて抱いた感情だったから、狂盛さんに言われて始めて自覚をすることが出来たようなものだけど。だからまだ、確信を持って言えないことかもしれないけど、俺は彼女のことが好きだ。


でも、紅苺さんのその表情の理由は、分かっていた。




『 ごめんね。私…好きとか、愛とか。そういうの、全部忘れちゃった。 』




ほら、またそうやって寂しい顔をして笑う。だから心臓が締め付けられるんだよ。

ごめんね、の言葉に、特にショックを受けたわけでも、傷ついたわけでもなかった。
紅苺さんの気持ちは、もう知ってるから。



いつか、世間話のようにして游鬼さん達から聞いたことがある。

紅苺さんがこの仕事を始める前…晴雷さんに拾われる前、彼女がまだ大学に通う一般人だった頃。彼女は、人を愛していたことがあったらしい。