隣まで行き、空を見上げる。
だけど、月は雲で隠れてしまっていた。




「 あれ?月でも見ようと思ったんだけど。隠れちゃってるね。 」

『 俺も月を見に来たんですけど、隠れてますね。 』




そう言って笑うと、烏禅もそう言って笑った。


相変わらず苦しそうな笑顔だ。
拾ったばかりの頃は、まだこんなに心を開いてくれていなかったっけ。
真っ黒な服装は今でも変わっていないけれど、自分から来たにも関わらず、警戒心丸出しの顔をしていた。僕が仕掛けたウイルスにも、殆ど引っかかることがなかったし。

あの頃は、才能に溢れた子がやって来たもんだ、と思っていた。初めから人を殺すことに興味を持ち、快感を覚え、ずば抜けた身体能力で素早く仕事をこなしていく。
あの二年で随分と機械にも詳しくなったみたいだし、きっと誰よりも、この仕事が向いていたと思う。


懐かしいと言えば、懐かしい。





『 晴雷さん。 』

「 ん? 」




" 晴雷 " の名前を呼ばれて、烏禅を見た。

同時に、また、耳に張り付いた " 澪 " の名前が、母の声で優しく聞こえてくるんだ。

一体、いつになったらその名前を忘れられるんだろう。
忘れてはいけないものかもしれないし、一生忘れられないものかもしれない。だけど、それでもずっと忘れたかった。
母さんの名前を借りて、母さんを守れなかったあの頃の自分を、殺してしまいたかった。


…でも僕は、この名前が捨てきれていないんだ。






『 俺、晴雷さんのこと好きっすよ。 』






そしてその口から出たのは、思いもしない言葉だった。




『 晴雷さんのこと、愛してます。それに、晴雷さんからの愛も充分に伝わってます。 』




…あぁ、本当にこいつは。