あの日のこと、狂盛さんはずっとこうして抱えていたんだ。
知らなかった。
それに、初めて狂盛さんが暖かい笑顔を見せた時。
あの笑顔が、本物の笑顔だったということも、今確信した。
背中に回された腕が、微かに震え始めた。
『 ごめん、紗來。 』
「 …謝らないで。 」
久しぶりに、狂盛さんの口からその名前を聞いた。
それに酷く胸が締め付けられて、そうとしか答えられなかった。
無表情で冷たく、人間味を感じない狂盛さんは、ここには居なかった。
すると、肩に何か冷たいものが零れた。
先程着直したばかりの服に、スッとそれは染み込む。同時に、微かに狂盛さんの肩が、微かに震えた。
…もしかして、泣いてる?
『 ごめん、ごめん。 』
その声があまりにも震えていたから、狂盛さんが泣いているんだと確信した。
背中を撫でると、狂盛さんは腕の力をギュッと強める。
確かに、私は愛を忘れてしまったし、そのきっかけは狂盛さんの言葉だった。
けど、その言葉を受け入れた私も私だった。
あの時、私が少しでも狂盛さんに反発していたら。魅月さんに愛を教えてあげられたし、翔湊くんの愛を受け入れられていたのかもしれない。
晴雷さんに、愛を伝えられていたのかもしれない。
これは、狂盛さんだけが悪いんじゃないから。
…私達は、一体どこで間違ってしまったんだろう。どこで、すれ違ってしまったんだろう。
そう思うだけで、私も苦しくなってきてしまった。
そして、あの日に。私が初めて始末をした日に、狂盛さんが言った言葉を思い出した。
だから、私はこう言った。
「 …泣けましたね、狂盛さん。 」
あの時を思い出して、久しぶりに敬語を使って。