私の頭のなかはそんなことでいっぱいで、私の上に跨る桜翅の顔をらまともに見ることが出来なかった。




『 …また震えた。 』

「 ふ、震えてなんか、 」




…駄目だ。

ここまで来ても、人を殺すことに対しての恐怖心が勝ってしまう。
私みたいな甘えた者とは違う、本物の強い意志を持った殺し屋を目の前にして。



これは焦り?恐怖?一体何?

自分にそう問いただしてみればみるほど、答えは分からなくなっていく。
ガタガタと揺れた刃先が、彼の真っ白な首の手前で止まる。




『 …まだまだだな。 』




桜翅はそう呟くと、自分からナイフの刃をギュッと握りしめた。
思わず声を漏らすけれど、彼の顔色は何一つ変わらない。

真っ白な手から、真っ黒な血がポタポタと流れ落ちる。



私の着ていた真っ白なドレスに、紅い染みを作っていく。
今まで、何度も嗅いできた匂いのはずだった。今まで、何度も見てきた液体だった。

それなのに、手の震えが止まってくれないのだ。




「 な、に、してるん…ですか……。 」




頭に浮かんだ言葉は、思ったよりもスラスラと声に出せていた。


このナイフは、私が彼を始末するためのもの。
それなのにどうして彼が、自らそれで自分を傷つけているのか。私には、到底理解出来なかった。

反射的にナイフからその手を離そうとすると、彼は更にナイフを握る力を強くする。
ギチギチと耳を塞ぎたくなるような音がして、ナイフの震えとともに血液が更に吹き出す。


ナイフから手を離すと、彼も同じようにしてナイフから手を離した。
手のひらには痛々しい傷跡があり、その傷からドクドクと溢れ出る血液。