名前のことに瀬野ちゃんがこだわっていた気持ちが、今さらようやくわかった気がした。

特別な人の、特別な呼び方。

呼び方を変えることで、ふたりの関係がいっそう“ふたり”になれるような。

“ふたりらしい”絆ができるような。


だから――。


「そしたら、私も――」

「うん?」

「“諒くん”って呼んでいい?」

「もちろん」


彼が思い切り嬉しそうに微笑んでくれたから、私はもう大きな声で「キャー!」って叫びたい気持ちになった。

瀬野ちゃんが言っていたのって、きっとこういう気持ちなんだね。


(諒くん、諒くん、諒くん!)


今まで、心の中でさえそんなふうに呼んだことなかったのに。


(私、諒くんとか呼んでるよっっ)


あとからあとから感激が追いかけてくるみたいで、照れくさくてどうしようもない。

私はひとりで勝手にどきまぎした。


「ええと、ほらっ、“諒さん”だと漫画に出てくるおまわりさんみたいじゃない?」

「眉毛がつながってて、下駄はいてる人?」

「そう!それにね、“諒ちゃん”でもやっぱり、あのおまわりさんみたいじゃない?」


(あーもう、照れまくりの、照れ隠し???)


理由だの経緯だの、そんな説明なーんにも求められていないのに、ペラペラと……。

でも、ひとりで舞い上がってあわわわってなってる私にも“諒くん”は優しかった。


「僕、誰かに“諒くん”って呼ばれること、ほとんどないんだよ」

「そ、そうなの?」

「親たちは“諒”って呼ぶし、祖母は“諒ちゃん”とか。友達は名字で呼ぶのが多いし」

「そうなんだね」

「だから、僕のことを“諒くん”って呼ぶのは――」


優しくて、まっすぐで、どこか切なく熱っぽい。

その瞳にとらわれたように、私は彼を見つめた。


「聡美さんだけだよ」


キュン死、するかと思った。


“聡美さんだけだよ”……って。


私は彼じゃなきゃダメなんだ。

諒くんでなきゃ、ダメなんだ。

その想いが胸いっぱいに広がって、私を切なく支配する。


「わ、私も」

「うん?」

「私のこと“聡美さん”って呼ぶのは、諒くんだけだからっ」


あふれる想い。

伝えたい気持ち。


「すごい嬉しい」

「うんっ、私も」