申し訳なさげで心配そうな三谷くんに、私は慌てて否定した。


「名字じゃなくて名前で呼べたらって思ったのはそうなんだけど。呼び捨てでって思ってたわけじゃなくて、その……」

じゃあなんであんな聞き方しちゃったのかって、自分でもよくわかんないのだけど……。

けど、三谷くんはそういう細かいところを追求したりしなかった。

それよりも――。


「じゃあ、呼び捨てはなしとして」

「え?」

「なんて呼んだらいい?」

「えっ、と…………」


真綾さんは「真綾でいいよ」って言った。

瀬野ちゃんは「彩華でいいよ」って言った。

じゃあ、私は…………?

こんなとき――相手に委ねてしまう女のコはダメですか?

主体性がなくて、ドーナツひとつ選ぶにもまごまごしちゃう優柔不断の私を、三谷くんは許してくれますか?


「じゃあ、一緒に考えよう」

「う、うんっ」


(三谷くん……)


いつだって、三谷くんは私が求める言葉を届けてくれる。


(なんか、気持ちバレバレだよね)


本当、かなわないなって思っちゃう。

私の心を、三谷くんには容易く見透かしてしまうのだから。

ちょっぴり悔しいような、気恥しいような?

でも、それでもなんでも――嬉しくて、恋しくて仕方がないよ。


「そうだなぁ、例えば――」


私は彼の言葉にやや身構えた。

緊張とかする必要ないのに……なんとなく。


「聡美ちゃん?」


子どもの頃はよくこうやって呼ばれてたっけ。

いつから呼ばれなくなったんだろ……。


「聡ちゃん?」


お父さんとお母さんと同じ呼び方。

あ、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんもか。


「じゃあ、或いは――」


頬杖をついて思案を巡らせる三谷くん。

穏やかで真面目で。

繊細で頭がよくて。

笑顔がとっても優しくて。

真剣な表情は知的で最高にカッコよくて。

私のことを、すごく大事に想ってくれる。

大好きな、私の大切な人。


「“聡美さん”」


瞬間、心を撃ち抜かれた――。


「どうかな?」

「う……うんっ」

「今、忙しくなってる?」

「……っ」


またそうやって……いとも簡単に私の心を言い当てるのだから。


「……忙殺されそうだよ」

「死なせないよ、聡美さんは」


もうこれ、何の話……?