「私も頑張ったつもりなんだけどな」


瀬野ちゃんはぽつりとつぶやくと、その表情を曇らせた。


「私も澤君のカノジョみたいに言ったんだよ? “彩華でいいよ”って。“だから私も優(ゆう)君って呼んでいい?”って。そしたら、カレ、いいって言ったのに……」


(瀬野ちゃん、ちょっと怒ってる……?)


淋しさと苛立ちが混じったような雰囲気。

こういう瀬野ちゃんてあまり見たことないかも。

いつも明るく元気で、可愛くて、前向きで。

瀬野ちゃんの印象ってそういう感じだから。


「私、失敗だったわ。ちょっと強引にでも最初に名前呼びを定着させるべきだったのよ。なのに、柄にもなく遠慮したばっかりに……ああ、もうっ」


拗ねてるなんて通り越して、イライラとムカムカで、瀬野ちゃんは完全にお怒りモードだった。


「ホントは“優”って呼び捨てで呼びたいのを、いきなりソレはアレかと思って遠慮したのよ。それに、カレがなかなか“彩華”って呼んでくれないのも、焦っちゃダメって我慢してきたけど…………ああ!もう!もう!もう!」

「せ、瀬野ちゃんっ……」


イライラMAXで「キィー!」ってなってる瀬野ちゃんに戸惑う私。

でも、澤君はわりかし冷静だった。


「俺、なんかわかるわ」


澤君は瀬野ちゃんを宥めるように優しく言った。


「瀬野ちゃんは頑張ってるよ。俺さ、彼女が“真綾でいいよ”って言ってくんなかったら、今も“佐々木さん”って呼んでたかもしんない」

「澤君っ……」


澤君の言葉に、瀬野ちゃんの表情がちょっと和らいだ気がした。


「タイミングってあるよな。彼氏彼女になったからには名前で呼びたいけど。いつどうやって呼び方変えんのって。タイミング逃して時間経ちすぎたら、“今さら?”みたくなって、余計に変えんの難しそうだし」

「うん、うん……ホント、そうなの!」

「悩むよなあ」

「うん、すっごい、悩む……」


さっきまで怒りにふるえていた瀬野ちゃんが、今は泣きそうになっていた。


「だから!溝ちゃんも頑張らないとダメなんだからね!」

「ええっ」