三谷くんは照れるふうでもなく爽やかに笑った。

でも、笑いかけられた私のほうは平気なわけがない。


「だって、そんなこと言われたら“忙しく”なっちゃうじゃない……」

「そっかー。それは困ったねえ」


(三谷くん、ぜんぜん困っているように見えないよ?)


「じゃあさ、“忙しい”ときは僕も何か手伝うよ。よく、わからないけど?」


(あ、なんか適当なこと言ってる……)


楽しそうに、三谷くんはくすりと笑った。


「もう、他人事だと思って」

「そんなことはないよ」


私はわざと疑っているみたく彼を見上げた。


「本当かなぁ」

「それはない、絶対に」


穏やかだけれど、きっぱりとした口調だった。


「だって、どうしようもないんだよ」

「え?」

「本当に――」


困り果てた彼の瞳は、ひどく優しくて、それでいて、切ない熱を帯びていた。


「可愛くてどうしようもないんだ」


(そんなこと言われたら、忙しすぎて目が回っちゃうよ……)


気づけば大通りはすぐそこで、横断歩道がちょうど青になる頃だった。


「もうすぐ青だ。ちょっと急ぐよ?」

「え?」


信号が青になったのと同時――。


(あぁっ…………)


まるで「よーいドン!」のスタートにみたい。

私は彼と一緒に駆け出していた。

その手を、しっかりと優しく引かれながら――。


「よかった。渡れて」

「あ、うんっ」


急ぎ足だった人々が普通の速さで再び歩き始めても、私たちは止まったまま。


「この信号、距離あるわりに短いんだ」

「う、うん……」


目を見るなんてできなくて、視線は泳ぎっぱなし。

つないだままの手に、ただもうドキドキしてた。


「手」

「えっ!」


反射的に顔を上げると、ちょっとだけ首を傾げた三谷くんが、優しい目をして私を見てた。


「このままでもいい?」

「あ、あのっ……うん」


私は大きく大きくうなづいた。


(もちろんだよ!当たり前だよ!いいに決まってるよ!)


「このままで、じゃなくてっ……このままが、いいです……」


どうか、お願いだから――。

その手を離さないで。


「よかった」

「え?」

「僕、今ちょっと“忙しかった”よ」

「そ、そうなの?」

「そりゃあそうだよ」


朗らかに笑う三谷くんは、ゆったり落ち着いていて「いつおどーり」に見えるんだけどな。


「じゃあ、行こうか」

「うん」