「見られちゃった」という気まずさと、「見てしまった」という気まずさ……。
いや、そうじゃなくて……後者のほうは「申し訳なさ」といったほうが正しいかも。
だって、私たちを見る二人の表情が、とても不安で困惑しているようだったから。
(ど、どうしよう……)
「五十嵐(いがらし)と七倉(ななくら)も来てたんだ?」
沈黙を破ったのは諒くんだった。
「あ、ああ……」
「ボクらはその、水遣りとかいろいろ……」
隠しきれない焦りと動揺が、私にさえわかる。
それでも諒くんは、まるでそんなことは気にもとめてない調子で言った。
「ごめん、僕らのこと黙っててもらえる? 千住先輩が“彼女とふたりきりになれるように”って気を利かせて鍵を貸してくれたもんだから、つい……」
(ええっ、そうなの!? 先輩から後輩への業務命令じゃなかったの???)
素で驚いた私は、思わず目を丸くして彼を見上げた。
(ん? なんだろう? ちょっと場の雰囲気が柔らかくなってる?)
「お、おう」
「も、もちろんだよ!ボクたち誰にも言わないよ!約束する!」
五十嵐君(ポロシャツのほう)と七倉君(おとなしい感じのほう)は、快く請け合った。
「悪いね、へんなこと頼んじゃってさ。五十嵐にも、七倉にも」
「そんなことないよ!だって、文化祭だよ? せっかく彼女さんが来てくれたんでしょ?」
「そ、そうだぞ。気にすんな」
(よかった……)
まだ少しだけ気まずさはあったけど、この部屋へ入った瞬間のような緊迫感はもうなかった。
それぞれが互いを思いやっていて、あたたかくて、優しい。
その優しさが、ぎこちなくて、照れくさくて。
(わ、私も!何か言わなきゃっ!)
「あ、あのっ」
そして、口をついて出た台詞が――。
「鯛焼きどうぞ!く、口止め料です!」
瞬間、男の子たちは不思議そうに「ほえ?」という顔をした。
けれどもすぐに察して「じゃあ、遠慮なく」と、笑顔で気持ちを受け取ってくれた。
「けどいいのか? 本当にもらっちまって?」
「うん。僕ら二人じゃ食べきれないくらい買っててさ」
だって、珍しい味の色とりどりの鯛焼きに、心を鷲掴みにされちゃったのだもの。
「七倉のはメロンで、五十嵐のはバナナかな」
「なんつうか、奇抜なやつばっかだな……」
「メロン味の鯛焼きとか、ボクはじめてだよ」
「僕のはラムネかな? 聡美さんは?」
「いちごミルク、だと思う。あのね、私もラムネ食べてみたい!」
「じゃあ、半分こ」
諒くんは水色の鯛焼きを半分に割ると「はいどうぞ」と頭のほうを私にくれた。
「ありがとう。じゃあ、いちごミルクもどうぞ」
今度は私が薄ピンク色の鯛焼きを半分にして、もちろん頭のほうを彼にあげた。
ふと視線を感じてそちらを見ると、五十嵐君と七倉君が、私たちのやりとりに目を細めていた。
「五十嵐もメロン食べてみなよ」
「おう。じゃあ、バナナ半分やるよ」
そうして今度は、彼らの様子に私たちが目を細めた。
なんだか――とても嬉しかった。
五十嵐君と七倉君が部室をあとにして、諒くんと私のふたりきり。
並んで窓辺に寄りかかり、彼はお茶を飲んで一息つくと、静かに語り始めた。
「僕ね、なんとなく知っていたんだ。なんていうか、そうなのかなぁって」
五十嵐君も七倉君も環境委員だけどクラスは別。部活もそれぞれ、五十嵐君は陸上部で、七倉君は生物部。諒くんが二人の気持ちに気がついたのは、本当に「なんとなく」らしい。
「いちゃいちゃべったりしているとか、そういうのはないんだよ、まったく。けど、ふたりが一緒にいるときの空気がさ、なんともいえない優しい感じなわけだよ」
それはよくわかる気がした、すごくすごく。
きっと、鯛焼きを仲良く分け合って食べていたあの感じなのだと。
「僕ね、傲慢なようだけど心から思うんだ。僕以外に誰も、二人のことに気づきませんようにって」
(諒くん……)
目を伏せた彼の横顔を、私は胸がしめつけられるような思いで見つめた。
「偏見をもった奴は絶対にいるだろうしね。そりゃあ、いろんな考えがあるし、いろんな感想をもつのは自由といえば自由なんだろうけど。けど、その正直な感想とやらをさ、求められてもいないのに声高に叫び散らすのは違うと思うんだよ」
彼の優しさが痛いほど伝わった。
そして、その揺るぎない優しさと価値観は、五十嵐君と七倉君にも十分伝わっていたと思う。
たとえ諒くんが「ふたりのことは黙っているから」なんて台詞を言わなくても。
「聡美さんは、びっくりした?」
おそらく彼は、わからなくて聞いているんじゃない。そんな気がした。だから、わざとこんな答え方をした。
「びっくりしたよ。だって、誰もいないと思っていたのに二人も先客がいたんだもん。それに、千住先輩が気を利かせてどうのって何なの? そうなの? ぜんぜん知らなかったもん」
「そりゃあまあ驚くよね。あ、ここのスペアキーは環境委員会の委員長が代々管理することになっててさ。だから――って、別にどうでもいいか、うん」
そうして苦笑いする彼に、私は言った。
「――ただ、好きなだけでしょ」
私の言葉に、彼は真剣に耳を傾けてくれた。
「だって、同じようにただ好きなだけでしょ。私が諒くんを好きっていうのと同じように……同じように、ひとりの誰かを特別に好きだと想っている、それだけだもん」
瞬間、ふわりと抱きしめられた。
(諒くん……!?)
こういうのって、ちょっとめずらしい。
彼は律儀に(?)「ぎゅっとしてもいい?」と聞いてくることが多いのだけど。
「僕もね、まったく同じことを思ったんだ。僕が聡美さんを大事に想うのと同じように、ふたりも想い合っているんだなぁって。ただそれだけじゃん、って」
人間としてとてもとても大切なことを、私たちはちゃんと分かち合えている。
同じ温度で、同じ重さで。
「聡美さんは、本当に――」
「ん?」
「僕の自慢の彼女だよ」
(それはこっちの台詞なのに……)
諒くんのこと、もっともっと好きになったよ。
きっと、諒くんが想像するよりずっと、ずっとずっと――。



