二人で歩き始めてすぐ、私は“男子校のノリ”とやらの洗礼を受けた。


「三谷おまえ、これみよがしに彼女つれて歩きやがって!」


(うわわわ、ホントにこういうこと言われちゃうんだ!?)


でも、諒くんはぜーんぜん平気な感じ。


「はいはい。これみよがしにつれてるよ」

「なっ……こいつ、ゲロむかつく!」

「わかったわかった」


まったく動じないというか、同級生をさらさらーっとあしらう諒くん。

さらにそれは、同級生だけでなくて――。


「あれー、おまえ生意気に彼女つれてんの?」

「あ、十日町(とうかまち)先輩」

「“ヒューヒューだよー!”」

「昔のドラマ見すぎですよ」

「いちいち生意気だな。彼女かわいいし」


(ど、どうしよう)


なんかガタイのいい先輩にからまれてる!?

でもやっぱり、諒くんは平気みたい……???


「もう行ってもいいですか? “かわいい彼女”を困らせたくないので」

「しょーがねぇなぁ。許してやるから恩に着ろよ」

「恩って……」

「おまえなぁ」

「冗談ですよ。仕事で返します」


彼が頭を下げると、先輩は愉快そうに豪快に笑って去って行った。


「あの、諒くん?」

「うん?」

「その、えーと……」

「ああ、今のは委員会の先輩だよ」

「そうなんだ?」

「うん。ひょっとして心配しちゃった?」

「っていうか……びっくりした、かな」

「びっくり?」

「だって、諒くん本当に平気そうなんだもん」


それに、なんだか男の子独特の世界というか、ふだんは見ることがない諒くんの一面を見たようで新鮮だった。


「僕は気にしないタイプって言ったでしょ。けどまあ、気にしないでいられるのは、恵まれているからでもあるのかな」

「恵まれている?」

「僕、なんだかんだで先輩たちに目をかけてもらってるとこあるから」


彼の話は男子校ならではの話なのか、私の学校ではちょっとピンとこない感じがした。


「さっきの先輩は剣道部の猛者でね。部活やら委員会やらいろんな方面で顔が利く人でさ。うちの部長ともつながりあるみたいで」

「へぇー」

「後ろ盾という言い方もあれだけど、そういう先輩がいると下手なことしてくる奴はいないらしい」

「はぁー、なんかすごいね」

「聡美さんの学校ではそういうのない?」

「たぶん。うちは上下の関係とかゆるゆるだし。そもそも“みんな人それぞれ”みたいな空気がある気がする」

「そういうところを気に入ってるの?」

「えっ」


ときどき、彼はこんなふうに私の心を言い当ててみせるから――。


「なんか、諒くんにはかなわないね」

「そんなことないでしょ」

「さっきだって、泰然自若って感じだし」

「それはまあね。でも、僕だって緊張したり右往左往したりすることはあるよ」

「例えば?」

「うーん、そうだなぁ」


彼はいつだって、私の質問に一生懸命こたえてくれる。


「聡美さんのことを考えたときとか?」

「え?」


(私のこと???)


「頭の中で“いろんな僕”が右往左往したりするんだ」

「“いろんな僕”???」

「そう」


話が見えず不思議がる私に、諒くんは決まり悪そうに微笑んだ。


「ごめん、言っておいてなんだけど、あんまり気にしないで」


(そんなこと言われても……)


「なんていうか、好きな人のこととなったら、僕だって泰然自若ではいられないって、それだけの話だから」

「う、うん……」


諒くんは明らかに「この話はもうおしまい」みたいな雰囲気だった。

そりゃあ、彼の頭の中の“いろんな僕”が、どんな僕なのかはすごくすごく気になる。

でも、自分は彼にとって特別な女の子なんだってことを、あらためて教えてもらった気がして。

嬉しくて、嬉しすぎてキャパオーバーで、これ以上追求できなくなってしまった。