部屋にあるピアノを見てから、ずっと思っていた。

映画は夏休みに一緒に見に行ったし。

ゲームはちょっと捨てがたいけど、お家じゃなくても一緒に楽しむ手段はある。

でも、ピアノはきっとこういうときでなきゃ。


「ダメかな?」

「最近あんまり弾いてないから、余計に下手くそになってると思うけど。それでよければ」

「じゃあ決まり」


グラスをのせたトレイを持って部屋へ戻る。

私たちはちょっとだけカルピスを飲むとすぐピアノへ向かった。

イスに掛けた彼が私を見上げて一言。


「聡美さんも弾けるんだよね?」


うわわ、なんか困った感じになる予感?


「えーと、少しだけしか弾けないので」

「少しは弾けるってことだよね?」

「理詰めで来たね……」

「僕ばっかりっていうのも、なんかなぁと思って」


困った。

小学生のとき習っていたのは本当だけど、私は先生になじめなくてやめてしまった中途半端な奴なので。

けど、彼の「なんかなぁ」の言い分もわかるし。


「あのね、簡単なのでよければ」

「うん。例えば?」

「…………“猫ふんじゃった”とか?」


(簡単すぎにもほどがある???)


「すごい懐かしいね。小学生の定番だ」


(よかった!諒くん楽しそう!)


「一緒に弾くのでもいい?」

「うん。聡美さんは上と下どっちがいい?」

「そしたら、私が上で」

「了解」


(なんか、ワクワクしてきた!)


小学生のとき、休み時間にオルガンを弾いている女の子たちを、遠くから羨ましく見てた。

何人かでかわるがわる自慢の曲を弾いたり。

連弾みたいに合わせて弾いて喜んだり。

ほろ苦く淋しい思い出。


(なんかへんなこと思い出しちゃった)


けど今はもう悲しくなったりしないから、大丈夫。


「聡美さん???」

「ううん。何でもないよ。いつでもどうぞ」


見上げる彼に笑顔で返す。

すると、彼は少し腰を浮かせてスペースを空けると、私にも座るようにと促した。


「お隣どうぞ」

「ど、どうも……」


ピアノのイスが背もたれのないベンチタイプなので、座れないこともない。

でも――。


(すごい近いしっ。超密着するしっ)


嬉しいけど、ドキドキする。


「じゃあ、いいかな?」

「うん」


……ピアノがこんなに楽しいなんて。

ふたりの音が明るく楽しく重なるたびに、どうしようもなく嬉しくなる。

ときどき目を見て微笑み合ったり、くすくす笑ったり。

もともと短い曲だけど、楽しすぎてあっと言う間に終わっちゃった。


「僕、何年ぶりに弾いたかなぁ」

「私も」

「すごい楽しいね」

「うん。すっごく楽しい」


(楽しいけど、やっぱりドキドキだよっ)