距離感

王子の一言に、思考が停止したのも束の間。

「いや、駄目ですよ。私が王子の家に行ったら駄目ですって」

「何で? 別に一人暮らしの男の家に行くわけじゃないんだから。安全だよ?」

「そうじゃなくて。彼女さんに怒られますよ」

電車のドアが開いて。

電車に乗る。

この時間は空いているから有難い。

王子と私はドア付近に立つ。

「彼女って?」

王子が首を傾げるので。

だんだん腹がたってきた。

「だから、(かなめ)さんが怒るでしょう?」

「何で、要ちゃんが出てくるの?」

大きな目で王子は私を見下ろした。

身長差、約20cm。

「え…、付き合っているんですよね。要さんと。彼女いるのに私が王子の家に上がることは出来ないですよ」

「俺、要ちゃんと付き合ってないけど」

「へ?」

「そっか。カッチャンも勘違いしている方か」

どういうことだ?

うんざりとした思いで私はため息をついた。

本当に王子と会話がかみ合わない。

「会社の皆も勘違いしているんだけどさ。俺と要ちゃん、付き合ってないから」

「いやいやいや。どう見ても付き合ってるでしょ」

「えー、付き合ってないものは付き合ってないし」

「じゃあ、アレですか。他に彼女いるんですか」

「いるわけないでしょ。こんなアラフォーのオッサンに」

「え…何でぇ?」

「何でって言われても。いないものはいないんだから」