俺は本当の親を4歳の頃に亡くし、孤児院で育った。そして孤児院で一番勉強が出来た俺は今の両親に見初められ、6歳の時にこの家の養子になった。
俺の家は大きな大学病院を経営していて、元々子供の出来にくい体質だった母さんは跡取り息子として苦労して賢人を産んだが、その賢人が知的障害者だったために、代わりに後継ぎとなる子供が欲しかったのだ。
貰われる時から「将来はお父さんの病院を継ぐのよ」と言い聞かされていた俺は、当然自分の役割を分かっていた。それを果たさなければ、ここに居られなくなるんだろうということも。
だから必死に勉強して、だけど勉強だけじゃなく母さんの自慢の息子を演じていつも笑顔で。俺は身体が丈夫ではなかったから、他の場所に息子としての価値を見出して貰うのに必死だった。優しく、明るく、社交的で理想的な息子になるために死に物狂いで。
そうして完璧な息子が出来上がった頃には、自分が本当はどんな人間なのか忘れかけてしまっていた。
学校に居る俺も、家族と居る俺も、ずっと何かを演じているようでふわふわ浮いていた。
賢人の前では素でいるつもりだが、それはきっと完全なものじゃない。リラックスして話が出来る賢人に嫌われないようにと、言葉も表情も選んでしまっているから。
「………じゃあ俺って結局、誰なんだろうな」
思わず零すと、賢人はそっと頭を撫でてきた。大きな掌が温かい。この温もりを手放したくない。愛されていたい。心から人を愛したい。だけど皆が愛してくれたのは、俺自身ではなくて、創りあげられた偽りの俺。
─────莉央……。
莉央だけは違った。本当の俺を見つけて、その上で好きだと言ってくれた。
そんな莉央となら、俺もまっすぐに人を愛せるだろうか。本当の自分を、ゆるしてあげられるだろうか。
「………賢人。俺は明日、莉央の気持ちに応えようと思う。今はまだ恋愛感情があるかは分からないけど、俺莉央のことを好きになりたいんだ」
賢人はなんの事か分からないという風に首を傾げたが、言葉を探して「がんばれ」と言ってくれた。莉央と付き合って素の自分を愛せるようになったら、今度は俺が賢人に温もりをあげよう。そう誓った。
その晩。俺は半年ぶりに喘息の発作を起こした。自分一人で対処できれば良かったのだが、吸入薬がなかなか効かず、父さんに携帯で助けを求める羽目になってしまった俺は、当然翌日の学校を休まされた。
莉央と話をしたかったが、別に焦ることではないだろう。明日にしよう。そう思って眠りについた。



