「あ、きた!朔!」
校門の前には人だかりが出来ていた。近所の人やテレビ局。生徒はほとんど居ない。その中に、大智と数人のクラスメイトが、部活用のウィンドブレーカーを着て立っていた。
「大智!」
「お前!走ってくるなよ!」
「そんなこと今どうでもいいだろ!それより、本当なのか!?」
息を整えつつ大智に尋ねると、大智は顔を顰めながら頷いた。その顔は血の気を失っていて、聞かずとも大智が何を見たのか想像がついた。
「………発見したのは俺らなんだ。野球部の朝練が1番集合時間早いからな。俺ら一年だし」
「…………それで」
「……体育館と校舎の間に。俺らが来た頃にはもう」
反射的に校舎へと向かおうとすると、大智に強く腕を引かれた。
「やめとけ。朔は見るな」
「…でも…っ」
「………本当にひどい状態なんだ。俺は最初、莉央だって分からなかった」
そう言った大智の目には色がなかった。誰よりも長く莉央と過ごした幼馴染の大智が、遺体を見て莉央とすぐに分からないなんて。
普通、幼馴染が自殺なんてすればもっと取り乱すものだろうが、大智のこの落ち着き具合は逆にことの重大さを物語っているような気がした。
「…………本当に、本当なんだな…」
ズキズキと頭が脈を打つ。目眩でどんなに世界を掻き回したって、現実は変わらないのに。
「大丈夫か、朔。とにかく中に入るぞ。制服だと目立つ」
「中に…入れるのか?」
「裏から入れる。今日は臨時休校になったけど部活のあるやつらはもう登校してるやつがほとんどだからな。皆外に出ないで教室で待機してる」
「今家に帰ったら校門で質問攻めに遭うからか」
「そうそう。俺らはお前を迎えに来たんだ。俺がパニクって電話したせいで、お前ぜったい来ると思ったから」
「そうだな……飛び出してきた」
ようやく俺も落ち着きを取り戻してきたが、それでも心臓はバクバクと大きな音を立てていた。
大智たちに促され裏門から入ると、警察の車両が二、三台停められていた。
裏門から俺らの教室に行くのにはどうしても現場の近くを通らなければならないが、大智たちが遮るように横を歩いていたから、俺もなるべく見ないようにした。大人の泣き声がした。莉央の両親だろうか。
「朔!」
「朔くん!」
教室には確かにクラスの半分以上の生徒が居て、教室のカーテンは全て閉められていた。
「朔くん、なんでいるの?」
「ニュース見て飛び出してきちゃったんだ」
「朔…大丈夫?顔真っ白だよ」
「………ああ、ちょっと…びっくりして」
毎朝のように俺の周りにクラスメイトが集まり始めるが、莉央だけがやはりその中に居なかった。
「信じられるか…莉央が自殺なんて」
誰かが呟いた。誰もが首を振った、
あの莉央が自殺?そんなことあるもんか。
莉央は俺の話を、楽しみに待っていると笑ったんだ。自殺を考えている人間が、あんなに笑顔で明日の約束をする訳ない。
それとも俺が学校を休んだ昨日の間に、何かあったのか…?
不意に視線を感じて振り返れば、いつも通り彼女がこちらを見ていた。池上美鈴だ。
いつものように冷たい無表情だったが、ほんの一瞬、目が合っている俺にだけ分かるように、ふっと嘲笑うように口角を上げた。
そして、ひらりと黒髪を翻して教室の扉から廊下へ出ていく。
───なんだ…………?
まさか、ついてこいって意味か…?
「朔?どうしたの?」
怪訝そうな顔をしていたのだろう。女子のひとりが心配そうな面持ちで俺の顔を覗き込んだ。
「……ごめん。俺ちょっと、外の空気吸ってくる」
「えっ、大丈夫?ついてこうか?」
よほど白い顔をしていたのだろう。付き添おうかと心配する女子に大丈夫だと言って、足早に教室を飛び出した。
廊下に出ると、まだ見える位置に池上美鈴は居た。いや、わざと俺を待っていたのだろう。
俺が廊下に出たことを確認すると、池上美鈴はまた颯爽と歩き出した。俺は一応できるだけ距離を取り、彼女の後を追う。



