藍は後ろから夕食について話す二人の会話を聞き流しながら、黙々と仕事に取り掛かっていた。今日は解剖はないので資料をひたすらまとめる。

「ねえねえ、藍ってさ小さい頃の夢ってなんだったの?」

夕食の話はどこへ行ったのか、朝子が藍に訊ねる。藍は「えっ!?」と戸惑った。

「ちなみに私は、大富豪のイケメンと結婚することだったよ〜」

「それ、夢じゃなくてどす黒い願望ですよ」

「え〜、似たようなもんでしょ!」

大河と朝子が笑っている。しかし、藍はその声がだんだん遠くなっているのを感じた。

頭の中に蘇るのは、まだ幼かった自分自身。背がとても高い男性に向かって手を伸ばす。

『あい、大きくなったらお兄ちゃんといっしょにかんさついになる!』

その人は優しく笑って藍のとても小さかった手を握ってくれた。

『うん。一緒に働こう!』

そう言い、指切りを交わした。幼い日の約束ーーー。

藍の黒い瞳がゆっくりと潤んでいく。やがて、その瞳から涙がこぼれ始めた。