目の前にいたのは、まるでシロクマのように大きな白い毛の犬だった。大型犬が突然目の前に現れ、少女は固まった。

肩で大きく息をしながら少年が走ってくる。ヨレヨレのシャツに、深緑のズボン。庶民であることは明らかだ。

「ブランシュ!人に飛びついたらダメだろ。おいで!」

少年がそう言うと、犬は少女から離れた。無表情の少女に少年は笑いかける。

「びっくりさせてごめんね。この子はブランシュ。グレート・ピレニーズっていう犬種なんだ。この大きさだけど、まだ一歳半なんだよ」

少年は黒いくせ毛をしていて人懐こく笑う。その目を見た刹那、少女は息を飲んだ。

「……お母様……」

少年の目の色は、少女の母と同じ赤い目だった。懐かしいその瞳に、少女の胸が久しぶりに揺れる。

紫の目が震え、少女は胸に手を当てる。もう家にはいない懐かしい人が、そこにいるような不思議な感覚が少女の中を巡った。

「君の瞳、すごくきれいだね。ここに咲いているスミレみたいだ」