ディモルフォセカの涙

「さっきの人?うそ、違わない?」

「カナタだって、間違いないよ!」

「キャー」


 そう化粧こそ違うが、彼はついさっきのステージで最後を飾ったロックバンド【Dimorphotheca・ディモルフォセカ】のボーカリスト・カナタこと、瀬上 彼方(セガミ カナタ)


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 やばいことに、帰りかけていたファンに彼の存在が気づかれてしまったわけで。私達の元へと駆け寄り、詰め寄ろうとするファンの群れ----


「カナタ、どうしよう
 
 どうする?」


 焦る私とは違って、彼方(カナタ)は全く動じていない様子。高く掲げた彼方の手、その唇から漏れる声。


「今すぐ停まれ」


 すると願いが通じたのか私達の前で一台のタクシーが停車した。開かれる扉、私達が慌ててタクシーに乗車すると、ファンに捕まる寸前・ギリギリで車の扉は閉まる。これぞ、間一髪。

 しかしその扉、タクシーの傍に集まる人々。


「とりあえず出してください」

「プッ、プップー」


 タクシーはクラクションを鳴らし、人々に警告した後にゆっくりと走り出す。大事になる前にその場から離れられた私達は車内、ホッとした顔を見合わせた。


「カナタのばか」

「名前、呼んじゃダメでしょう」

「だってつい、悪いのはあの風
 
 ううん、トラックだよ

 わたしはただ……」


 言い訳を続ける私の声に被さる彼方の声。