ディモルフォセカの涙

「あそこだとちょっと」


 約束した場所と違う、私に気づけないはず!----大きく上半身を使って辺りを見渡す私に彼女は言った。


「誰かと待ち合わせ?」

「あっ、そう

 ごめんなさい、靴ならもう大丈夫
 
 後で、カ……探してもらうから」

「彼氏?」

「ううん」


 私は勘違いされないように勢いよく頭を左右に振った。


「言えないよね、余計な詮索してごめんね

 じゃあ、私はここで」


 彼女は律儀に私に頭を下げた後、一人夜の街を歩いて行く。

 困っていた私を助けてくれた彼女にかける言葉が見つからない私の瞳に、後ろ手に結んだ髪を解く彼女の姿が映る。


 はらり落ち、揺れる髪----その綺麗な後ろ姿に私は言う。


「あのっ、ミカさん!

 ありがとう、また……」

「うん、また会えるといいね

 バイバイ」


 見惚れるほどに素敵な笑みを残して、彼女は雑踏に消えた。

 一人立ち尽くす私の傍に、近づく男が一人----


「こんなところに居たの?

 誰?」

「ああ、彼女はミカさん」

「ふうん

 それで、靴、どうした?」


 私の足元を指差す手には黒い手袋。深く被ったハットのつばが目元を隠し、見えた口元・右側の口角だけをキュッと持ち上げて悪戯に微笑む男は私に問う。


「脱げるほど楽しめたの?」