ディモルフォセカの涙


「そんなことない!

 と言うか、私
 音楽教室なんて初めてだから……」


 教室のあれやこれやが、どういう物か私にはまったく分からない。


「通ったことないの、一度も?

 空いてるところ座って」

「はい

 一度もないです」


 実花さんは教室の端にある長机の前に立ち、置かれてあるポットから、ティーパックの入ったカップにお湯を注ぐ。


「独学で?はい、紅茶
 
 お砂糖にミルクは好きなだけどうぞ」

「ありがとう

 ううん、カナタに教わったから」

「ああ、いとこの彼、すごいのね

 歌だけじゃないのね」


 そう言って紅茶を飲む実花さん。私も頂いた紅茶を口にした。


「おいしい」

「温まるでしょう」


『歌だけじゃないのね』----それは、彼方の存在を知っているということ。

『もしかしてだけど、あの日のライブ出てましたぁ?』----あれは、やっぱり、嘘。


「ミカさん、やっぱり知ってました
 カナタのこと?」


 『やっぱり』----その言葉を強調して、私は聞いてみた。


「ああ、偶然、あのライブで観て

 案外、大きなイベント
 その最後を務めるバンドって
 いったいどんなのかなって」


 正直、『ディモルフォセカ』はアマチュアバンドだった為、実花さんはそのステージをそれほど期待してはいなかったと言う。