「じゃあ、ミカさん、私はこれで……」


 帰りかけた私の腕をガシッと掴んだ実花さんの手。食い込むその指先には、いつかのようなお洒落なネイルはない。

 その手は、私を逃がしてくれそうにない。


「安心して、マナちゃんは
 その涙には気づいてないわ」


 やっぱり、実花さん、貴女は私の涙に気づいていたんだね。


「気づいてるのに
 放っておけるわけないでしょう

 ユウさん、一緒に来て」

「えっ……」

「大丈夫、もう誰もいないから
 安心して」


 私は実花さんに促されるまま、その後をついて駅に隣接する商業ビルの建物内に入る。

 実花さんと並んでエレベーターが来るのを待つ間、ふと案内板を見るとそこにはいろんな教室の名前が書かれていた。あっ、確か音楽教室がどこかに……

 彼方の家へ向う時に見た音楽教室は、4階のこれかな?

 4階・『オステオスペルマム音楽教室』と書かれている。『オステオ、スペルマム』とは?何とも言いづらく、一度で覚えにくい名前。

 そう言えば、彼方のバンド名も呼びづらく、一度で覚えられなかったっけ。


『ディモルで一度切ってみれば』

『ディモル

 フォセカ、言えた

 言えたら、なんかイイ響き』

『でしょう』


 彼方----貴方は今、どうしてる?

 わたしのこと、ほんの少しでも気にかけてくれてるかな……