ディモルフォセカの涙

 彼方の顔色が変わる、それはとても寂しげな表情----


「何言いだす」


 彼方は、ギターをベッドの上に置いた。


「カナタのお父さん
 昔、とても有名なギターリスト
 だったってシゲさんに聞いたよ

 彼をいつか負かすために……」


 施設に預けられた時に、亡き実母から託されたギターをどうしても弾けるようになりたくて、彼方は学園の先生が知人から譲り受けた子供用のギターを、毎日朝も昼も夜もなく独学し何かに取りつかれたように執念で修得したと、伯父と伯母は学園の先生から聞かされたらしい。


 それは多分、母と自分を捨てた父親に対する湧き上がる感情、憎しみから……

 瀬上家に引き取られた後もギターを弾かない日はなかった。


「それは、違うな

 父親がどうのこうの
 そんなことどうでもいい
 
 どんな顔だったかさえ
 俺は覚えてないよ

 どこかの国で死んでるかもしれない
 奴を憎む気持ちだけで
 ギターを毎日必死に練習できるほど
 俺には執着心なんてないさ

 ただ、有り余る程に退屈な時間と
 ギターがそこに在ったから

 ……」

「カナタ」


 いつも感情を表に出さない人形のように無表情で冷たい彼方の顔が今、血の通った人間味にあふれる。

 彼方の鼻先が赤くなり、綺麗な瞳に薄っすらと涙が光る。