ディモルフォセカの涙

 そう言ったかと思うと、彼方はサッと立ち上がってベッドの置かれた部屋に入り、立てかけてあったギターを手に取った。


 それは彼方の一番の友達

 その命よりも大切なギター

 いつも彼方の傍に在って、彼方と一緒に時を刻み、私達の元へ彼方と一緒に来た。

 彼方と本当の両親を繋ぐ、唯一のもの。

 託された物----


「ダメだよ!」


 私の体は私が思うよりも早く動き、彼方の元へ行き、ギターに触れる彼方の手の上に自分の手を重ねた。

 私とお揃いのギターストラップ----

 何本も在ったギター、その全てを手放し、たったひとつだけ残されたギター。


「おまえが弾いてくれたら
 こいつ、喜ぶと思うよ」


 私の方へと押し付けるギターを、次は私が彼方の方へと押し付ける。


「カナタが弾いてあげた方が喜ぶよ」


 ギターに触れたままの二つの手----


「それは無理

 ユウ、お願いだ、貰ってやって」


 私は彼方のギターから手を放し、外方(そっぽ)を向いて言う。


「嫌よ、要らない」

「ユウ」


 私は、ギターを手に困った表情をしている彼方の瞳を見つめて言う。


「ねえ、カナタ
 
 どうして諦めるの
 
 どうして上手に
 弾けなきゃいけないの
 
 どうして上手に
 弾けることにこだわるの

 カナタの
 本当のお父さんが関係してる?」