ディモルフォセカの涙

 走ったせいでズレてしまった私の帽子をちゃんと被らせてくれる彼方、そして、ファッションでかけていた眼鏡を外すと私に付けるようにと差し出す。あっ!当の本人は忘れているというのに、とても気が利くやつ----私はありがたく眼鏡を拝借してかけた。


「ありがとう」


 建物内いっぱいに立ち並ぶお店はどのお店も魅力的で、全てを見尽くしてしまいたくなる程に刺激的、気になる商品が目に映れば歩む足も止まる、そしてまた歩き出す----その繰り返し。

 買い物を楽しむ人々の邪魔にならないように、私達は人気も少ないエスカレーターの側面に移動した。


「ほんと、今日はありがとう」

「余計なことも言ってたよ」

「ああ、アレ、また失敗した」


 彼方に失態を見られていたとは……。落ち込む私の顔を覗き込んで彼方は言う。


「おまえらしくていいんじゃない
 本心なんだろ」


 嘘っぽい----そう感じるのは事実。


「うん、最近よく思うんだよね
 経験したこともないのに詞(ことば)に
 してもいいのかなって真実味がない

 それに私なんかが歌っていいのかなって」


 何も知らない私----


「いいだろ
 
 じゃあ何、俳優はみんな役柄同様に
 生きてなきゃ演じちゃいけないの、違うだろ
 
 こうだろうああだろうと模索して役になりきる
 役が自分になる」