ディモルフォセカの涙


「マスター、お水貰えますか?」


 この水を飲んだら帰ろう。----ほんの少しだけでもいいから、カナタさんと同じ空間に居たい。

 グラスを手に持つ私は、いつもよりもスローなペースで水を口に含む。
 
 騒がしい店内、カナタさんの声だけに集中する。


「そう言えば、仕事探してるんだって
 いいバイト先、紹介できるよ」

「いやっ……」

「マスター、カナタが探してるのは
 マジのヤツ」

「マジの、ああ、サラリーマンとか?
 
 まあ、最近は音楽と仕事うまく
 両立してる人もいるもんね
 土日を活用すれば……」

「だってさ、カナタ

 それどうよ?」

「俺はいいわ」

「そうなの?勿体ないね」


 ちょっと待ってよ!それって……

----マスターと『ディモルフォセカ』の現在ギターの人は、カナタさんがバンドをやめる話をしているにも関わらず、全く彼を止める気もないようで……そのまま話は、カナタさんが脱退した後もバンドを継続させるという話に移行していた。


「ダメでしょう、そんなのダメダメ!

 どうしてギターの人、止めないんですか!?
 カナタさんのこと

 カナタさんがいないディモルフォセカなんて
 ないない、絶対にあり得ないんですけど!」