ディモルフォセカの涙

 
 父が春子先生のことを想ってることは、四歳の私でも何となく気づいていた。

 男手一つで育てられた私は、いつも寂しい想いをして暮らしていた。

 あの頃の父はいつも仕事に追われ家政婦さんと過ごす日々、家では仏頂面で過ごすことも多く、幼い私はそんな父を怖いと思うこともあった。

 だけど、ここでは父は笑ってくれる。こうして手を繋ぎ、教室へと通ってくれる。それがとっても嬉しかった。


「さあ、ミカさん、レッスンしましょ」


 春子先生はとても優しくて、私も大好きで、先生が「お母さんになってくれればいいのに」----そう、いつも思ってた。

 そんなある日、先生は手作りのウサギのマスコットを私に差し出してくれた。

 少し歪なそのウサギを受け取ることを戸惑う私に、父は言った。


「ミカも持ってなさい、家族の印に」


 その後、春子先生のピアノ教室へ通うことはなかった。

 先生が作ってくれた歪なウサギのマスコット、それを持つ者達は、家族で兄妹……


『それと同じウサギ、カナタのギターケースについてる』----私は気づいてしまった。

 
 カナタさんの亡くなったお母様は、たぶん春子先生。

 ウサギのマスコットを持っているカナタさんは、私の二人目のお兄さん。

 お母さんが違う、お兄さん。