ディモルフォセカの涙

 彼方から譲り受けたギターケースを担ぐ私は、エレベーターが来るのを待ってる。

 そんな私の背中に、彼方の視線を感じる。

 振り返りそうになるけど振り返って何を言う?

 さよならを言うの?

 
 振り返らずにエレベーターに乗ろうとしたその時、私の視界に彼方の指輪と傷痕が見えた。

 そう、彼方の左手が今、エレベーターの扉を押さえ、振り返る私の体を抱き寄せる。

「カナタ?」----私は今、背負っているギターごと、あなたに抱きしめられている。

 大切なものを、そうっと大切に抱く。

 私は、その腕を払うことはなく黙ったまま、あなたに包まれる。

 ----エレベーターの扉は閉まり、下降してゆく。


「カナ……」

「何も言わないで

 少しだけでいい

 今、だけ」


 私の声に被さる彼方の声は、とても弱々しく寂しい声。

 その声が震えて聞こえるのは、寒空にワイシャツ姿で外に出たせい?


「ユウ

 次はいつ会える?」

「……」


 彼方の問いかけに、答えられない私……彼方に会えば、実花さんを傷つける。

 彼方はどうして、私のこと、抱きしめたりするんだろう……?彼方の腕の中で、戸惑う私。