ディモルフォセカの涙

「ギターは?」

「初めからしてない
 
 俺は歌い手」

「捨てるの?」

「捨てはしないさ」

「じゃあ、弾くの?」

「たぶん、弾かないだろうな
 
 一生」


『おまえにだけなら弾いてやれる』----そう私に言ったこと、彼方はもう忘れてる?

 一生、誰にも弾かれることのない、ギター。


「音楽やめること変わらないの?」

「ああ、変わらない!

 ……

 ユウ?」


 私は今、思い立ったままに行動に移す。


「じゃあ、わたしにちょうだい」


 奥の部屋の扉を開き、ギターケースをベッドの上に開けて置くと、壁に立てかけられていた彼方のギターを手に取る、そしてギターケースの中に仕舞った。


「ユウ」

「わたしが貰う
 
 わたしがカナタ以上に
 愛して大切にしてあげる

 わたしが持ってく

 だから、いいよね、カナタ?」

「ああ、それがいい」

「後で返してくださいって
 言ってもきても

 返さないから!」

「ああ、わかってる」


 無茶なことを言う私に困るどころか、彼方の顔はどこかホッとしているようにも思えた。

 この時、私は知る----

 大好きなギターに触れて弾いてあげることもできず、ただ部屋に飾るだけの日々に、一番苦しい想いをしていたのは、誰でもない彼方自身だったんだ。