ディモルフォセカの涙

『カナタ、好き』----あの日の、ベッドに横たわる二人の光景が頭を過ぎった私は、あまり奥の部屋を見ることはなく、ソファーに腰を掛けた。


「喉、乾いただろう
 これ飲んで」


 彼方は、テーブルに飲み物を淹れたグラスを置いてくれた。


「うん、ありがとう

 でも、カナタ
 どうしてスーツなの?」


 ネクタイを緩めた彼方は一番上のボタンを外し、ネクタイを取ってポイッと椅子に投げた。


「面接」

「面接って仕事!」

「ああ」


 次に彼方はジャケットを脱いで、同じ椅子に置く。


「仕事って、カナタ働くの!?」

「何を今更

 俺はずっと働いてるよ」

「そうだけど、違う、そうじゃなくて……」

「ユウ、これ掛けてきていい?」


 無雑作に椅子に置かれたジャケット、皺になっちゃいけないね。


「うん」


 彼方はジャケットとネクタイを持って、奥のベッドの置かれた部屋に入る。私は目を逸らし、彼方は扉を閉めた。

 そう言えばあの部屋に在る彼方のギター、あれからどうなっているんだろう?弦はちゃんと張り替えただろうか?もしかして、彼方はまだギターを手放したいと思ってる。

『弾いてやるよ、ギター』----私は彼方のギターの音色を聞けないまま、今に至る。