ディモルフォセカの涙

「ユウ」


 誰かが私の名を呼んでいる。

 誰かが私に連絡を取ろうとしている。

 誰かが私の姿を見かけて声をかけようとしている。

 誰かが……だけど、私はその事に気づくことはできない。

 今の私は彼方の背中を追うのがやっとで、それ以外何も見えないし、何も聞こえない。

 何も……。


 道なりにしばらく走った私達は、息を切らし立ち止まる。そしてまた、歩き出す。すると見えた街並み。


「カナタ、ここって……」----見たことのある通りを抜けると彼方の住むマンションの建物が見えた。


「嫌だろうけど、しばらくは身を隠せる」

「嫌だなんて、思ってないよ私」

「じゃあ、どうして連絡がない?」

「そっ、それは……ごめん」

「謝ることないさ

 安全だろう、我慢して
 
 しばらく様子を見よう」

「うん」


 ここへ来るのは、『バイバイ、カナタ』と言って別れた、あの日以来だ。

 あの日と同じように今、開錠された扉が開く----彼方に手を引かれ、私は建物内へと入る。するとたった今、エレベーターは上階へと昇ってしまった。

 タイミングを逃し足止めされた二人に会話はなく、辺りはシーンとしている。