ディモルフォセカの涙

 貴方は……彼方。
 
 スーツを身に纏い、現れた彼方は私の知らない彼方であって、その中身は私の知ってる彼方。

 ピシッと極めたスタイルが、嫌みを感じることもなく本当に様になっている。

 貴方はやっぱり最高にかっこいい男だ、この登場さえも……


「カナタ、どうしてここに?

 どうしてスーツなの?」

「それって、今する話?

 したいなら話すけど」

「ううん、今はいい」

「行こう」

「行くってどこに?」

「ここじゃない場所なら
 どこでもいいだろう、違う?」

「違わない」

「じゃあ、決まり」


 私の右手に触れた、彼方の左手----

 それはいつも当たり前の事だったのに、今の私はほんの少し恥ずかしい気持ちになって躊躇する。

 離れそうになる私の手を、ギュッと強く握りしめる彼方の手の温もりに、私はホッと安堵する。


「カナタ、ありがとう」


 この場所から、わたしを連れ出してくれてありがとう。

 私達は、夜の街を手を繋ぎ駆ける。

 今は何も考えずに、ただこの手の温もりだけを頼りに。