ディモルフォセカの涙

 私を見に来たはずの人々が、実花さんの音に実花さんの歌声に惹かれていくのが私にも分かる。

 初めて実花さんのギター、歌声を聞いたあの時----私も彼女のことを心からスゴイと思ったもの。

 音は止んだはずなのに、その音を超える歓声が教室内に湧き上がり、その声は止まない。

 ふと実花さんを見ると、彼女はキラキラと輝きを放っていた。

 今ここで起こる拍手喝采、そのすべては実花さんに贈られたものだろう。


「ユウ」


 ギターを置いて、肩を下ろし、意気消沈する私に聞こえる声がある。


「ユウ」

 
 私の名を呼び、私の腕を掴む

 ジャケットの袖を捲り上げた腕が見え、スーツ姿の人……

 太田さん、そう思いながら見上げた私は息を飲む。


「ユウ、早く、こっちへ」


 私は力強い貴方の腕に引き寄せられ、貴方の胸に、この身を委ねる。

 貴方は私をその腕に抱き、私の体をすっぽりと隠してくれる。

 誰にも見つからないように……誰にも触れさせないように、大切に私を抱く。

 大好きな香りが今、香った----貴方の腕の中で、私はやっと安心を得た。