「大丈夫、靴、持っていってもらえますか
 
 少しぐらい裾、踏んでもいいですよね?」


「はい」----スタッフは私の靴を持ち、慌ててその場所を去る。

 私は目を閉じ、深呼吸をする。

 そう、いつかのライブ。あの日の彼方のように。


----あの日

 途中で演奏が止んだギターの音、前へとしな垂れる彼方の頬にかかる金色の髪、尋常じゃないほどの汗を掻きふらつく彼方の姿を、私はステージ横で見守っていた。


『カナタ、やっぱり、ムリだよ』


 ざわつく会場内、熱のある彼方を支えようと傍に近づく章さんに右手を前に出しストップを促す彼方、次にその手は人差し指を立て唇の前に。


『シーッ!』


 静まる会場内、彼方は数秒目を閉じ深呼吸をした後、目を開け、ギターをかき鳴らす。何事もなかったかのようにステージは再開した。

 私もあの日の彼方のように深呼吸をした後、この目を見開き、ギターを奏でる。

 ドレスの裾を踏んづけようが、ドレスの肩がずり落ちようが、私はお構いなしにただ夢中になり、ギターを弾き、そして歌う。

 無心で音楽と向き合う。

 完璧に演奏をし終えた私に向けられた視線は、どれもこれもとても温かなものだった。