ディモルフォセカの涙

「そう、雰囲気似てますね、何と言ったかな

 今若い子に人気の、ギター弾いて歌ってる

 そう、ユウちゃん

 岸口(キシグチ) ユウ」

「すみません、ここで降ります
 降ろしてください」


 運転手さんにそう言いながら椅子に座る背を正す、彼方。


「はい、ここでですか?」


 返答なく数分が過ぎた頃、彼方のシビアな表情をバックミラー越しに伺った運転手さんは声を裏返しながら言う。


「いっ今すぐ、寄せて停めますね」

「はい、お願いします」

「カナタ、いいの?」


 私は彼方に、ここでいいのか?と目配せを送る。


「ああ、店の傍は車入れないだろ

 幾らになります?
 
 お釣りはいいよ、ありがとう」

「ありがとう」


 彼方と二人、タクシーを降りた場所から行きつけの焼き鳥屋さんまでは、まだしばらくかかる。


「バレてんじゃねえよ」


 優しい口調で彼方は言う。


「いつもは大丈夫なのに……」


 並んで夜道を歩いていると彼方の手が私の手に触れ、また繋ぐ。


「もう無理なんだろ、世間に顔知られ過ぎ
 
 それに止められてるんだろう、事務所からも?
 
 ライブハウスに入り浸りはよくないねぇ」

「誰に止められても私は見に行くよ!!
 
 師匠のライブは必ず!」


 そうはっきりと断言する私に、一瞬口元を緩めてみせた彼方は呆れた顔をする。


「バカだねぇ

 俺はギター弾いてないよ」