「久我、さん……なんで」
「そりゃあ、いきなり逃げるから。追いかけるだろ」
そう言う彼は真っ直ぐな目で見つめるから、ここでもまた心を見透かされたくなくて、目をそらす。
「どうしたんだよ、お前最近おかしいぞ」
「そんなことないです、なにも」
「じゃあ目を見て話せ」
私から違和感を感じ取っているようで、腕を掴む手にはじれったそうに力が込められる。
「俺がなにかしたなら、ちゃんと言ってくれ」
こうして今も目をそらし続ける私にも、久我さんは向かい合おうとしてくれる。
その優しさが、嬉しくて、痛くて、泣きそうだ。
「……もう、無理なんです」
人が行き交う中、ぽつりとつぶやいた言葉に、久我さんは意味がわからなそうに問う。
「は?なにが……」
「もう辞めます。形だけの恋人は、終わりにします」
「形だけのってなんだよ。どういうことだ?」
右手で私の腕を掴んだまま、左手で肩を揺さぶられ顔を上げる。
初めて見る眉をひそめ戸惑う表情に、彼もこんな顔をするんだと不思議と冷静に思った。
大丈夫、これだけ冷静なら言える。
泣くことなく、淡々と事実だけを。
「ずっと内緒にしてたんです。私は最初から、彼女の代わりだったってこと」
それはあの日から、私ひとりの秘密だったこと。