やっぱり、好きな人の代わりになんて無謀だったかな。

その場の気は紛らわせても、結局はその心を傷つけてしまっただけなのかもしれない。

……軽率で、考えなしだったかも。



彼から告げられる言葉を覚悟してぎゅっと拳を握る。

けれど久我さんは、困ったように髪をかいた。



「いや、その……後悔っていうかだな。酔った勢いで手出す上司なんて最悪だろ。ごめん、忘れてくれていいから」



その言い方は、自分本意な後悔ではなく、私の気持ちを否定するわけでもない。

むしろ部下である私に対して、上司としての気遣いに見えた。



『ごめん』も、『忘れて』も、そんなこと言わないでほしい。

だって、嬉しかった。

例え、お酒のせいやその場の勢いでも。彼女の代わりだとしても。

彼の腕の中にいられたことに、幸せを感じられたから。



その気持ちを表すように、私は彼のスーツの裾をきゅっと握った。



「……いやです」

「え?」

「私、忘れたくなんてないです。久我さんのことが、好きだから」



物音ひとつしない狭い部屋には、私の声だけが響く。

真っ直ぐに目を見て言うと、ふたりの間には少しの無言が漂った。



目の前の彼の顔は、目を丸くして驚いている。



あぁ、言っちゃった。

答えなんて分かりきっているのに。だからずっと言わずにいたのに。

だけどもう、ここまで言ったら仕方がない。



思わず息を止めて、彼からの『ごめん』の言葉を待った。