高校生活にも慣れてきた1年生の5月・・

大型連休が終わって
まだまだ休みの延長みたいな感覚が残るなか、
クラスにも仲良しの友だちができて
部活も入部して
高校生として初めての春はあっという間に過ぎていった。

部活は美術部に入部した。
もともと絵を描くことがすきだった私は迷うことなく美術部に入部した。
最初は仮入部だったけれど、
先輩も後輩も関係なく
仲良く活動している雰囲気がとても心地よくてすぐに正式に部員として入部した。





高校デビューというわけではないけれど
仲良しのゆいちゃんやみきちゃんと部活のない日は
放課後にカフェ行ったり
かわいいお店まわったり
高校生になったらしてみたかったことをしてみたり・・・
それまで受験という呪縛から解放された気分も重なって
解放感に満ちていた



目まぐるしく私の高校一年の春は過ぎていった。

毎日、いろんな刺激に気持ちと頭を整理するのに精いっぱいで
だけどそれは心地いい刺激でもあった。

クラスの雰囲気もよくて
男女問わず仲はよくてまとまっていた

ほんの数か月前までは中学生の制服を着ていたのに
いきなり大人っぽくなるわけではなく
クラスのなかはそれなりに幼さの残る雰囲気でまだすこし大きい制服に負けているようだった。
まだ幼さの残る男子のなかでひときわ遊馬くんは目立っていた。
クラスの男子のように騒ぐこともなく
落ち着いて物事をみていたし、
人望もすぐにできて
いつも何人かの友人が彼をまわりを取り巻いていた。
ふと視線を送ると
いつも穏やかで優しい瞳の遊馬くんと目が合うことも多かった。

あの時は
学年1かわいいというゆいちゃんと私が仲良くて
いつも一緒にいるから
たまたま目が合うだけで
遊馬くんはゆいちゃんを見ているのだと思っていた。

間違っても自分みたいなどこにでもいるような平凡な私ではなく、
かわいいゆいちゃんを見ている遊馬くんとたまたま目が合うのだと思った。

遊馬くんのまなざしに
意味なんてないと思っているのに勝手にドキドキしていた。

そして自分には絶対向けられていないものだと思うと
胸が苦しくて仕方なかった

それでも
あの優しい瞳が私の心をとらえて離さなかった。



会話らしい会話なんてない私と遊馬くんが初めて
言葉を交わしたのは梅雨入り宣言がされた6月。

ずっとグレーの空が続いていた梅雨の晴れ間。

やっと待ち望んだ雲ひとつない、鮮やかな青い空が広がる晴天の日だった。

部長に校庭でデッサンしてきますと許可をもらって
スケッチブックとデッサン道具を持って部室を出た。

美術室の前が第二グランドで、陸上部のフィールド競技の練習場所とわかったのは
仮入部で美術室に入ったときだった。

美術室の窓際、目の前にはハイジャンプの練習場所になっていて
高く高く飛ぶ遊馬くんが見えていた。

今、目の前で飛んでいる遊馬くんは、本当に大空に吸い込まれてしまうんじゃないかというくらい高く飛んでいた。

その姿はとてもきれいでしばらく目を奪われていた。

成績も優秀で外見もよくて、性格もいい、そんな遊馬くんとは住む世界が違う。
なにも取り柄のない普通の私が住んでいる世界と重なることはない。

きっとこのまま、関わることもなく時間が過ぎていくと思っていた。

遊馬くんとたとえ・・かかわれたとしても
傷つくのは自分で、つらい思いを抱えることになると思っていた。

遊馬くんと、私は違う。

だから自分でルールを決めていた。

見るだけ・・
ここで放課後、ほんの数時間だけでもいいから
彼を見ること。

デッサンしているふりをして彼を見ること。

気が付かれなくてもいい。
会話がなくてもいい。

ただ見るだけ。
私の勝手なルール。

見ているだけならだれにも迷惑はかけない。


すこしでも関わったら
もう戻れなくなることはわかっている。

それが怖いから私はルールを作った。


まだ今なら止められる・・まだ今なら。
何も始まっていない今なら。

鮮やかな青空がひろがる外に出て
第二グランドのフェンス外にあるベンチに座る。


高いフェンスこしではあるけれど、遊馬くんの表情と姿は見える。
細くしなやかな体が空中に浮かんで一瞬、空に溶け込む。
その姿が大好きだった


私がこんなにも
見ているとわかってしまうのは恥ずかしいから
スケッチブックを広げながら視線をさりげなく向けたりそらしたり・・。

ちらちらと見ながら
遊馬くんの飛ぶ姿を見つめてしまう。


あの日もいつものように
校庭でデッサンをしていた。

急に強風が私の身体を吹き抜けた。

「あっ・・」

バラバラ・・・
髪を抑えてスケッチブックを胸に抱えた。

風が通りすぎて私に足元にプリントが数枚まとわりついた。



「ごめんね...」

あわててプリントを拾うと同時に頭の上からやさしい声が聞こえた。

聞き覚えのある声に私は顔を向けることができなかった。

顔をあげなくても知ってる。

この声はあの人の・・。

でも本当に?
本当に彼なの?

ドキドキ・・・

緊張して顔を上げずに黙っている私に怪訝そうに声をかける。

うつむいた私の目に
黒い競技用のシューズと陸上部指定のジャージがうつった。

「・・・森本さん?」
「・・えっ、私の名前知ってるの?!」

私の名前を呼んでくれたことにびっくりして思わず顔を上げると
目の前には端正な顔の遊馬君がきょとんとしていた。


「・・僕たち、同じクラスになって3か月になるのに、知ってるのは当然だと思うけど。森本さんって天然なの?」
くすくすと笑う遊馬くん。

「ご、ごめんなさい。」

私の名前なんて覚えていないと思っていたから
すごくびっくりして

そして
嬉しかった。


しかも僕たち・・・僕たちって。

「森本さんこそ、僕の名前知ってるの?」
「・・・佐倉くんは人気者だから知らない人はいないよ・・」

外見も性格もいい彼が人気なのは至極当然のこと。
休み時間、昼休み、放課後と、時間なんて関係なく
同級生や先輩と何人ものの女の子から呼び出しされている場面を見ている。

教室の入り口で恥ずかしそうに遊馬くんを呼び出していたら
きっと・・そういうことなのだと予想はつく。

私みたいに自分に自信もなくて
関わることすら、許されないようなこともなく
遊馬くんに気持ちをつたえている女の子たちはみんなキラキラしててかわいくて自信に満ち溢れていた。

自分に素直に行動できるかわいらしさがうらやましかった。

「・・そんなことないですよ。」

遊馬くんはすこし照れていた。

クラスでみたことない表情にドキッとした。
こんな表情もするんだ・・。

「森本さん・・そろそろ練習戻らないといけないから・・プリントありがとう。記録用紙が飛んでしまったから助かりました」
「あっ、ご、ごめん・・なさい」

慌てて手にしたプリントを遊馬くんに渡す。

「森本さん、いつも美術室の窓際で絵を描いていますよね。どんな絵を描くのかなって気になっていました。」
そういうと私が抱えてたスケッチブックに書いた絵をみて
「やっぱり上手ですね」
と笑顔を見せてくれた。

ドキドキ・・・
ドキドキ・・・



そして「それじゃ・・」と陸上部の練習に戻った。

大きくで広い遊馬くんの背中がだんだん小さくなっていく。

どうしよう・・。

スケッチブックをぎゅっと抱えて
・・・もう戻れないと思った。

本当は
初めて遊馬くんを見た
あの日から
私の気持ちは彼に向っていたんだ。

だけどそれを認めること、今の自分の気持ちを認めることが怖かった。
もとから釣り合わない私たち。
それに私なんて遊馬君の視界にもはいらないくらいクラスでは普通の人。

美人でもなく、何ができるわけでもない。
遊馬くんに好かれるわけない。

そんなことわかっているのに
遊馬くんと接点ができたら鍵をかけようとしていた気持ちに歯止めがかからなくなると思っていた。

好きだと・・自覚してしまうと思った。

好きになればなるほど、かなわない思いにつらくなる。
叶わないのなら、最初から期待も、望みもしなければいい。
そう思っていたから無理やりルールを決めていたのに。


練習にもどった遊馬くんの姿を見て
好きだと思わずにいられなかった。

私、初めて見たあの日から遊馬くんのことが・・・・。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




偶然とはいえ、
自分で決めたルールが破られてしまって
ただ見ているだけではなくなった。

遊馬くんと顔を合わせれば、朝や帰りに簡単に挨拶を交わしたり
放課後、校庭でスケッチをしている私に話かけてきてくれたり


すこしづつ
すこしづつ
遊馬くんと話をすることも増えてきた。



変わらず遊馬くんは告白をされているけれど
いつまでたっても遊馬くんに彼女ができたという噂がないから

もしかしたら彼女がいるのかもしれない。スキな人がいるのかもしれない
なんて思っていた。


好きだと思ってても
告白なんてできない。

ううん、
告白なんてできない。

私なんて好きになってもらえるはずない。

奇跡がおきて
思いが通じたとしても
格好いい遊馬くんと
どこにでもいるような普通の私では不釣り合い。

だからこうして
時々話ができればいい・・

こうして遠くからでもいい
遊馬くんを見ていられるだけでいい・・

そう思っていた。

それなのに

自分で決めたルールが破られて
私なんかに話かけてくれるだけでもうれしいのに


自分の気持ちがどんどん欲張りになっていくのが嫌だった。