「森本さん」

短距離の期待の選手だけに 小かった姿は、あっという間に目の前。

近いと流石に身長が大きいことを感じる。


「森山くん、走ったらだめだよ」

息を整える森山くん。
走ってこなくてもいいのに。
子供みたいな一面があるんだなぁ。
ふふ。

「森本さんが見えたから走って来た」

こういうことを、いうような人だとは思わなかった。
恥ずかしい言葉をさらりというあたり、女性慣れしているのかな、なんて勘繰る。

「今から美術室?」
「うん」
「そっか。じゃ、おれも練習でもしてこようかな」

森山くんはすでに、体育大の推薦をもらっているせいか、周りがピリピリし始めている中、少しゆとりがあって羨ましい。

短距離や長距離でよく優勝しているような大学に決まったって聞いていた。

森山くんの他にも何人か決まったことも。


それじゃ、と手を上げて、森山くんは階段を駆け下りた。


<森本さんが好きだ>

そう、彼に告白されたのは一週間ほど前の話。

睨みつける怖い人から
だんだんと
話しやすくなって来て

笑顔も向けてくれるようになって
気がつけば緊張せずに普通に話ができるようになった。

森山くんはまっすぐに気持ちを伝えてくれた。
森山くんの気持ちがうれしかった。

答えは今はいいからゆっくり考えて欲しい、と言われてそのまま。

一階にある美術室に向かう階段を降りて
踊り場に目を向けたとき

「あっ」

姿が見えて、小さく声を上げてしまった。
踊り場に現れたのは、、、

「いまから部活ですか?」
「う、うん」
「がんばってね」

遊馬くんは階段を昇り、私は階段を降りた。
交わした会話は短い。

もう、ずっとあの日からほとんど話していない。
周りから
別れたとか、
私が振られたとか
遊馬くんには新しい彼女がいるとか

いろんな噂がたっているのも知っている。

遊馬くんの隣を狙う人もいる。
もとからモテていたし、わたしが隣にいたときも何人も告白はされていた。さらにそれが多くなっている。
毎日のように誰かが遊馬くんを呼び出しているのを見かける。


振り返っても、遊馬くんの背中は遠くなるばかり。

振り返って私に笑顔すら向けてくれない。
それを選んだのは私だ。

距離を置こうと言ったのもわたし。

このまま、
何もない私が遊馬くんに心配かけられないし、、ましてや、
遊馬くんに頼って生きていくのは単なる荷物にでしかならない。

一緒に歩いていくとしたら、このままじゃだめだ。
私は私がやることをやらなきゃ。

遊馬くんの隣を歩けるように。


そのとき、遊馬くんの隣に私じゃない誰かがいたとしても。