「遊馬」


放課後。
部室に向かう途中。

少し前を歩き出した遊馬に声をかける。

振り返った遊馬は、力なく笑う。


あーあ、イケメンはなにやってもイケメンだ。
こんな弱ってる時ですら遊馬はやっぱり同性から見てもいい男だよなぁ。

ほんと、こんな時ですら

無理して笑顔作らなくてもいいのに。


いまの遊馬の状況考えたら、そんな作り笑顔は余計心配させるだけなのに。

優等生気質だから、こいつは。

俺は態とらしく大きくため息をつく。

「今日、部活ミーティングしてからグラウンドだぜ?ミーティングは部室だろ?」

遊馬が向かう先は、グラウンド。

あっ、という顔をして、情けないくらいに肩を落とす。

「そうだったね。もどるよ」

踵を返して俺の横を過ぎろうとする。

「お前、無理すんなよ」
「........」

「わかりやすいな、お前」

なんなんだよ、ほんとに。

「早く仲直りしろよ。」

言われている意味はわかっているのか、ひとこと、遊馬は答える。

「そうだね」

なんだよそれ、答えじゃねーよ。

そうだねって、なんだよ、それは。
まるで他人事みたいにいいやがって。

イライラする。
他人事じゃないんだよ、俺にとって。

「あのな、お前、このままでいいの?」

イライラがつい荒い口調になってしまう。

「、、、、」

視線は下を向いたままの遊馬に止まらない口撃。
おれの言葉をどう受け止めているのか、
髪の毛が邪魔して遊馬の表情がわからない。

俺に向ける口調も変わらない・・冷静な言い方。
それが余計に、俺をイライラさせる。

感情をみださない遊馬と対照的に俺の感情は高まるばかり。

あぁ、もう、むしゃくしゃする。

「お前が仲直りしねーと困るんだよ」

遊馬には、意味がわからないようだった。

俺が、困るんだよ!
二人が仲直りしないと、俺の気持ちが困るんだよ。




「お前がなんとかしないなら、おれがもらうよ?」


_______ドン!


いい終わるより早いか、同時か。
鈍い音と同時に
背中に、強い痛みを感じた。

「いってぇな」


遊馬に襟を掴まれて廊下の壁に打ち付けられていた。

だんだんと背中全体に痛みが広がる。

いきなりなにしやがる。

このバカ力!

思わず遊馬を睨みつける。

遊馬はおれの襟元を掴んだまま苦しそうに顔を歪める。
感情を乱した・ 遊馬は初めてかもしれない・・。

「君にわかるわけない。」
「なにが?」

なにがわからないんだ?

遊馬の気持ち?

それとも、森本さんの気持ち?

「わかるわけねーじゃん。お前らのことなんて。」

冷酷な口調で言い放ったお前に怯むか!
俺にも、ここで引けない理由はある!

今度は俺が遊馬の襟元を掴む。

「わかるわけねーだろーが!森本さんと付き合ってのはお前だろ?俺じゃない!それなのに二人のことなんて、わかるわけねーだろーが!」


「、、、、、」

「二人のことなんて二人にしかわからねーよ!」

そうだ。
二人のことは二人しかわからない。

小さい背中を震わせて泣いていた彼女。
必死になって笑顔を作ろうとしていた。

あの時、思わず抱きしめてしまった。

抱きしめたら、気持ちが止まらなくなるなんてわかっていた。
余計、辛くなるだけだってわかっていた。
わかっていたのに、気がついたらもう抱きしめていた。

抱きしめても、あの子は泣き止んではくれなくて、
でも、やっぱり泣き顔は見たくなくて、ずっと抱きしめていて。
そうしたら泣き止んでくれるんじゃないかって。

だけど、目の前の彼女を見ていたら

ああ、
俺じゃ、笑顔にさせられないんだなって。

俺は遊馬の立場にはなれないんだなって。


なりたくても、なれないんだって。



「お前だって俺の気持ちわからねーだろ」

お前の隣で笑ってるあの子を見るたび、どんな思いをしていたのか。
どんなに、お前になりたかったか。
何度・・願ったことか。

今、俺の欲しい立場にいるお前にはわからない。



「俺、森本さんのこと好きだ。」

俺の告白に遊馬は、驚嘆することもなく、ただ黙って
ポーカーフェィスのままだった。

きっと、遊馬は、俺の気持ちを知っていたんだと思う。
気がついて…知らないふりをしてくれていた。


「遊馬とは長い付き合いだけど、遊馬の彼女だっていうのもわかっていたけれど、ごめん。」

わかっていたと、遊馬が呟いた。
前からわかっていたって。

「僕は自分が怖いし、自信ない。弱いから、向き合うことができなかった。距離が出来ることで、距離に負けないでいられる自信がなかった」

だから
大学の話も,なあなあなままで、このまま自分だけに留めておけばいいと思った。

離れてまで陸上をしたいわけじゃない。
陸上に執着もしていない。

離れても大丈夫・・だなんて
そんな気持ちなんて目に見えない曖昧な約束。
そんな約束に縋っても仕方ない。

見えないものを信じられない。

結局、気持ちを信じるのが怖い。

遊馬はポツポツと話した。

ひどく弱っている遊馬を見たのは初めてだった。
どんなに辛くてもしんどくても、他人にそれを見せることはしなかったあいつが・・・・。

「あの時・・森本が、ゆららを抱きしめていたのを、偶然見たんだ」
「!!」


見られていたのか。
まさか見られているとは思わなかった。

ぐっと下唇をかんだ。
遊馬は俺がしてしまった反則をとがめることもなく、
責めることもせず追及もしなかった。

「僕はあの時、二人を見るのが・・・その場にいるのがつらくて見ないふりした」
「・・・・・・」
「自分がどうしたらいいのか、わからなかった。」
「・・・・・・」


「きっと、本当はそういうことが必要だったんだろうなと思った。」
「・・・・」


遊馬は自分の両手を広げて、てのひらをじっと見つめていた。
下を向いているからどんな表情かよみとれなかった。

「いろいろ・・・先回りして、頭で考えて・・起こりえるかどうかわからないことにとらわれて・・・。」


「遊馬・・・」
「大切な人にきちんと話をするべきだったんだ。それでもし喧嘩したとしても・森山みたいに抱きしめてあげたらよかったんだ。」

大事な人が不安にならないように・・・
愛しい人が悲しまないように・・・。


「僕はそういうことが、できなかった。」

僕は自分もゆららも信じられていないんだ・・と哀れみを含んだ顔で言う。

「なんだよ。それ」

うまく声がでなくて
掠れたような声にしかならなかった。

遊馬は答えをくれずに、時間になるから・・とミーティングのため部室へむかう

部室へ続く廊下。
窓から差し込む夕焼けを見ながら遊馬がつぶやいた。

「僕より森山のほうがゆららをしあわせにできるかもしれないね」