放課後、部活に行く前にゆららに呼び出された。
美術室に来てほしいと言われてゆららは先に教室を後にした。

ゆららの顔は、今までに見たことがないくらい悲しそうだった。

「どうしたの?」

後から来た僕が声をかけても返事はなかった。

うつむいて、ギュッて、両手を握って・・
その細い指が白くなるくらい強く握っていた。

「遊馬くん」
「うん?」

ゆららの声はか弱く震えていた。

「、、、遊馬くん、大学、T大学行かないの?」
「えっ」


僕がT大学から推薦をもらえるかもしれないという話は一部の人しか知らない話だった。

まさか・・
ゆららの口からその話が出るとは予想もつかなかった。

一番知られたくなかった。


「遊馬くん、陸上、やめちゃうの?大学でしないの?、、なんで遊馬くん、推薦断ったの?」


「、、ゆらら、その話はまたゆっくり」

こんなところで話をする内容じゃないと思って、
また改めて話をしようと促したけれど、
ゆららは
うつむいた顔を上げて、首を振った。

涙をいっぱい溜めた瞳で僕を見ていた。


「わたし知らなかった。、、っ、、、教えてくれなかったの?な、、んでわたしじゃない人が知っているの?」

「えっ・・・」

「マネージャーの田中さんから聞いたの」


嗚咽しながらゆららは僕に激しく
感情をぶつけてきた。

「遊馬くん・・」
「ゆらら、話を聞いて」
ゆららは、
抱きしめようとした僕の手をするりとかわして、
体を震えさせていた。

「、、わたし、遊馬くんには大学でも陸上してほしい。」
「、、ゆらら」

ゆららは、真っ直ぐに僕を見つめてこう言った。

「ゆらら・・僕はどこでも陸上はできる。」

「でも。。チャンスだって聞いてるよ。代表にも選ばれるかもしれないんでしょ?なんでやめるの?推薦」
「・・ゆららは僕と離れても平気なの?」
「・・・・」
「僕は一秒でもゆららのそばを離れたくないよ。ゆららは?そうじゃないの?」
「・・私だってそうだよ。遊馬くんと離れたくない。」
「だからいいんです。ゆららより大事なことはないから」


ちがう。
違う。

こんなこと言いたいんじゃない。
もっとうまく
うまく伝えたいのに。


きちんと、ゆららに伝えたかったのに。

「・・だめだよ。それじゃ」
「えっ・・」
絞りだすように・・ゆららが話す。

「チャンスなんだよ。チャンスなの。」
「わかってる」




「離れていても・・・大丈夫だよ。」

大丈夫、、、か。
そんな安易な言葉なんて、単なる飾りにしかならない。

大丈夫なんて言葉ほど、不安なものはない。

「僕は・・離れたくない」
「でも!」

話し始めてゆららが僕の顔を初めて見た。
やっと、見れたゆららが、こんな泣いている顔だなんて。

本当はずっと笑っていてほしいだけなのに。
ただ、わらってくれたらいい。
僕の隣で。

考えなかったわけじゃない。
これからのこと、二人のことたくさん考えた。


「ゆららは距離とか時間とか考えたことなかった?、、僕とこれからのこと考えた時。」

ゆららはうつむく。
そして、しばらくしてから重く口を開いた。


「、、じゃ、そう思うなら、なんで、直接言ってくれなかったの?相談してくれなかったの?」

「言おうと思ってた。だけど、どう、伝えたらいいかわからなくて。なんていったらいいのか」

「なんで、私は遊馬くんじゃなく、田中さんから聞かされないといけないの?」

「だから!それはタイミングが。」

すこし、声が荒くなった。
優しい言葉が出てこない。

「本当はもう、決まっていたんじゃないの?遊馬くん、本当はもう決まってて、このまま何も言わないで、そのまま私は知らないで」

「違う、そんなことない」

違う。
そんなことないから。


「わたしは、わたしはこのまま知らないで、そして、後悔して」

「ゆらら、ちゃんと言おうと思っていたんだ。だけど、どう伝えたらいいかわからなくて。」

「、、直接、遊馬くんから聞きたかった。わたしじゃ役不足?マネージャーの田中さんの方がよかった?同じ部活で、ハイジャンのことも知ってるから?」

止まらない。
二人の感情が止まらない。


「違う!そうじゃない、ちゃんと、言おうと思っていた。どう伝えたらいいかわからなくて。」

同じ言葉の繰り返し。
うまく言葉が出ない。

止まらない。
止まらない感情。
思うように言葉がでなくて、
気持ちを伝えるのことが、うまくいかなくて気持ち悪い。

喉が痛い。



「でもそれって問題を先送りにしているだけでしょう?遊馬くんの中で答えは決まってて、それを、伝えることでわたしと揉めるのがいやだったんでしょ?」

ドスン。
何か頭を殴られたような感覚。

自分の体が震えているのがわかる。
感情をぶつけたって変わらないのに。
それでも、一度切れた感情の波は止まらない。
ずっと流れて行く。

流れは二人を暗闇に引きずりおろして行く。

そして一気に、止まらなくなる。



「僕が決めたことだ!ゆららは気にしなくていい」

つい声を荒げた。
ゆららの驚愕した顔をみたのは初めてだった・・・。

こんな顔、させたくなかったのに。



「ごめん」
はっとして謝る。
でもゆららの表情は変わらない。
僕をずっと見つめている。
まるで僕の気持ちを見透かしているかのように。


「二人のこと、じゃないの?」
「....」
「二人のことじゃないの?私のこと思ってくれるのなら二人で話ししたかった。」
「ゆららを困らせたくなかった。・・話したらゆらら、気にする」

「遊馬くんのこれからに私はいないの?」
「そんなことない」
「遊馬くんが悩むこと、考えないといけないこと、それを相談したり考えたりするのは遊馬くんが自分だけで解決して。・・・・それなら、遊馬くんが一人で答えを出せばいい。一人で勝手に考えて決めたらいい!」

室内に響き渡るゆららの悲痛にも似た声。

「そんなこと、ない。」
「遊馬くんがどう考えているのかわからないよ。」
「ゆらら」
「このまま、何も知らないで、、わたしだけ何も知らないままで。そんなわたしがこのまま遊馬くんのそばになんていられない」
「ゆらら」

胸が苦しい。
喉が痛い。
息が、、できない。



「すこし、遊馬くんと離れたい。」

教室内にゆららの声が小さく響いた。

「しばらく会うのやめよう?」