※彼の愛情表現は、少しだけ重すぎる。







教室のドアの前、ひとつ深呼吸をするのがいつしかクセになっていた。


ここでオンとオフを切り替える。

それは、つまらない私からイケている私に変身する魔法。


今日も深呼吸をし、それからにこっと口角を上げて笑顔を作った。


「おはよー!」


持ち上げたトーンで明るく挨拶をしながら、教室に入る。すると。


「はのーん」


席に着くより早く、私を呼び止める声があった。


その声は、教室の後方から飛んできた。


瞬間的に背筋がピンと張りつめたような感覚に襲われる。


そちらに顔を向けなくても分かる。

声の主は、このクラスの絶対的女王・咲内舞香だ。


舞香は教室一番後ろの席に、数人の取り巻きに囲まれて机に座っている。

これがいつもの風景。


ホテルを経営する一家のお嬢様で、小さい頃にはモデル業もこなしカーストトップに君臨する彼女には、このクラスのだれも刃向かえない。


そして舞香がこうやって少しもったいぶりながら猫なで声で私の名前を呼ぶ時は、なにか頼みごとやおねだりをする時と決まっていた。