こんな幸せで奇跡みたいなことがあっていいのだろうかと、締めつけてくるような胸の痛みに襲われたその時。
不意をつくように電車が大きく揺れた。
まわりの人たちがバランスを崩し、なだれてくる。
俺は咄嗟にはのんちゃんの前に立ち、電車の窓に手をついて人混みから守るようにはのんちゃんを囲った。
無意識に体が動いていたけれど、その体勢をとって初めて、俺たちの間にある距離が一気になくなったことを自覚する。
少しでも腕が緩めば、はのんちゃんの額は俺の胸元にぶつかってしまいそうで。
「大丈夫?」
「……うん」
ぎこちなく外される視線に、彼女もまたこの距離を意識してくれていることを知る。
抱きしめたいと、そう思った。
……もし俺が〝普通〟の人間だったなら、今こうして大勢の人がまわりにいる中、その華奢な肩を抱きしめることが許されただろうか。
「悪いけど、ちょっとだけこうされてて?」
いろんな思いをかき消しそう囁いた自分の声は、掠れていた。


