その頃、千姫は落ち込んでいた。
秀頼が成人してからというもの会える機会が限りなく少なくなったからだ。

秀頼は政務に忙殺されているらしく、朝食に段々現れなくなった。
何やら政務を行うにあたって準備やら予習があって時間が足りないそうだ。
確かに毎日片桐を始め文官たちと議論を交わしたり昔の資料や帳簿などを調べまくったりしているようで、傍目から見ていてもとにかく忙しそうだった。
同じく夕食にもほぼ現れなくなったし、夕食後の自由時間も自室で何かやっているようだった。
勿論、農業実習は卒業したので早朝に会うこともない。

たまに食事に現れた時も儀式の打ち合わせだったりなかなか事務的な会話が増えた。
豊臣家は儀式やら行事の多い家なので全く顔を合わせなくなる訳ではない。
しかし儀式中は私語は厳禁だ。
客人も減ったとは言えそこそこ多いので、千姫も呼ばれるのだが、やはりそこでは客人と話す事が目的なので千姫は穏やかに微笑みながら存在を消して座っているだけになる。
スケジュールの合間の隙を狙ってみても、悩ましく考え事をしている秀頼に千姫は何と声をかけて良いものかわからなかった。
今までのような会話がなくなってしまった。

淀殿も具合が悪く起きて来れない日が続いた。
淀殿が自室から出ないと、当然ながらおばば様や美也もそっちにつきっきりになる。
疎外感を感じテンションが下がる。
春になると多喜も体調を崩して伏せてしまった。
どうやら越前にいる古い知り合いが亡くなったらしくしばらく人知れず涙を流していたそうだ。
松は母の様子を見たり、少しでも母の代わりにと雑用をこなしたりバタバタと走り回っていた。
千姫も手伝おうとしたがそこは使用人の仕事であるとキッパリ断られ、やる事がなくなってしまった。
いや、勉強とか色々やることはある。
でもモチベーションが下がりすっかりやる気を失ってしまった。

そんな日々が続くと千姫は何だか早起きをする気力がなくなってしまいギリギリまで寝坊するようになってしまった。
どうせ秀頼も淀殿もいないんだから身だしなみも気を使わなくなっていく。
なんだか勉強も張り合いがなくて身が入らない。
ダラダラと過ごす日々が続いていた頃、ようやく元気になった多喜がブチ切れた。
「姫さまいい加減にしなさい!
秀頼様が毎日頑張って政務に励んでらっしゃるのにあなたは何をしているんですか!
「だって最近起きられなくて」
「起きる気がないからですよね、情けない!
今の姫さまを見て秀頼様はどう思われるでしょうね!」
「……」
「畑だって、寧々さまも
『もうやらなくていいよ』
って言ってたのに、姫さまが
『ちゃんと世話するから残して欲しい』
って言ったからあの区画はまた使わせてもらえることになったのに、ずっと放置して…
今じゃ雑草だらけですよ!
姫さまの戯れごとに付き合う皆さんの気持ちは考えたことありますか!」
「たわむれごとって…!
そんな言い方しなくてもいいじゃない!
余計やる気なくしたもん!!」
「姫さまはやる気の有無でそうやって無責任でいられますけど、小作人達は雨だろうが雪だろうが病気だろうが働かなきゃいけないんですよ。
それに小さな区画だろうと姫さまが返してくれれば作物も多く栽培できますよね?
大切な土地を無駄にして、その態度はなんですか!
秀頼様が耕して作った思い出の畑だったんじゃないんですか!」
「…みんなに迷惑かけてるつもりはなかった…」
「離れてる時こそ自分磨きをして惚れ直させるくらいの気概はないんですか!」


惚れ直させる…?
秀頼くんはずっと優しかった
でも秀頼くんは誰にでも優しい
私が妻だから余計に優しくしてくれた
大切にされてる実感はある
褒めてもくれる
でも
惚れられてる自信はない
それってどうしたらいいんだろう…
最近の秀頼くんは少しよそよそしくなった
私のことあんまり好きじゃないからなのかな

「そうだよね、このままじゃダメだよね…
多喜の言うとおりだわ
でも、どうすればいいんだろう…」
「そうですね、まずはそのだらしない寝起きの格好を何とかしましょうか」